教訓を生かせないジレンマ

悲惨な脱線事故から一日が経ちましたが、昨日の昼にこのニュースを知った時には、かなりの衝撃が走りました。

JR尼崎と聞いて、まず真っ青になったのは、私の弟が毎日乗降する駅だったためで、それは、福知山線(宝塚線)という時点で杞憂とわかったのですが(弟は東海道線ですから)、今度は友人がそのルートで通勤していることを思い出し、再び蒼然。すぐに携帯のメールに安否を尋ねるメールを送ったものの、これが、中々返事が返って来ない…。
時間的に見て、まず乗り合わせていることはないだろうと思いつつも、仕事の合間に、ちょこちょこテレビやネットで状況をチェックしているうちに、どんどん不安になって来て、本当に仕事も手につかないという状態でした。その後、夕刻になって、ようやく返信メールが届き、無事を確認できたのですが(もっと早く返信せんかい!と内心はかなり怒りモード)、この日、同じようにその知らせを待ちわびていた方が、いったいどれだけいらしたことか…。

しかし、事故現場の映像が映し出される度に、まるでゴムか何かのように、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった車体のもろさに愕然とさせられましたが、思えば、昨年の新潟での地震の際に、上越新幹線が脱線しながらも、重い鋼鉄製の旧型車両だったため、最悪の事態を免れたということがあったばかり。にもかかわらず、新幹線と在来線は違う…と過信して、その教訓を生かすこともできないまま、最悪の事態を引き起こした今回の事故。

「速さ」「安さ」と合理性ばかりを追求する今の世の中に、「それではいけない!」と、大いなる警鐘を打ち鳴らすために、選ばれて犠牲となられたようにも思える被害者の皆さまのご冥福・ご回復を心よりお祈りすると共に、今度こそ、この教訓を生かし、二度とこのような惨事を起こさないよう、適切な措置を徹底していただきたいと、切に願ってやみません。
# by kiratemari | 2005-04-26 19:58 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

なぜに『義経』?

遅ればせながら、先週20日(水)放送の「その時歴史が動いた」の“義経特集”第1弾を録画しておいたものを見たのですが…、内容うんぬんはさておき、これって、大河の宣伝&補足番組という位置づけではないのですか? その割りに、フォローになっていないというか…、正直、またも墓穴を掘ったような… (-_-;)

そもそも、原作者の宮尾さんをコメンテーターとして引っ張り出して来たのが間違いの元で、改めて、この原作で『義経』を作ろうとした制作陣の無謀さを浮き彫りにしただけのような気がしました(宮尾さんの義経像と、ドラマの義経像があまりにかけ離れていますからね)。

やはり、女性の描き方に力を入れておられるこの方の作品を原作にするなら、二位尼時子でも主役に据えて、ストレートに「平家」を描くべきだったでしょうし、逆に「義経」にこだわるなら、他の原作(現在も村上元三著『源義経』も引用しているようですが)を選ぶか、もしくは、完全オリジナルとして臨むべきだったのではないでしょうか。もっとも、これについては、実は別作品で企画を進めていたのが、諸事情により(ぶっちゃけ盗作問題がらみ)ボツとなり、急遽、宮尾本を採用することになったという裏事情も、あったとかなかったとか…。

そうそう、これはどうでもいいような話ですが、再現VTR(?)に、現在の『義経』の他に、過去の大河作品『炎立つ』や『北条時宗』の映像も使われていて、違った意味で興味を惹かれました。特に、昨年、時代劇専門チャンネルで、全話再放送されたばかりの『炎立つ』の映像は目につきやすく、それぞれのシーンも思い出されて、なんだかとても感慨深かったですね。
# by kiratemari | 2005-04-24 23:38 | テレビ | Trackback | Comments(3)

薫る御曹司!?―『義経』vol.15「兄と弟」

さてさて、やって参りました富士川の合戦。その前に、義経と頼朝の対面を持って来たのは、もちろん、この戦いに義経主従を無理やり参加させるための虚構ですよね。『吾妻鏡』によれば、合戦の終わった翌日に現れたことになっていますから。

まあ、感動の対面を含めた源氏の話は後回しにするとして、今回、平家方の将軍として「忠度」「知度」などの名前も出てきましたが、やはり、画面に登場するのは維盛だけ…(涙)。
一応、念のため、簡単にご紹介しておきますと、忠度 は清盛の末弟で薩摩守(無賃乗車の代名詞!)、知度 は清盛の六男で三河守。どちらも「度」が付くので、父子と間違えられそうですが、二人は叔父と甥の関係。ついでながら、総大将の維盛から見ると、それぞれ大叔父(忠度)と叔父(知度)になります。

この時の、水鳥の羽音で逃げ帰ったという話は『平家物語』でもベスト5(?)に上がる有名事項ですが、中山忠親の日記『山槐記』(11/6)にも同様のことが記されており(あくまでも「或人云はく」と伝聞調)、少なくとも、世間一般では、当時から、そのような噂が広く流布していたようです。
また、逃げ帰った維盛に、清盛が「喜界が島への配流」の沙汰を下したというのも『平家物語』による所で、こちらは、史料の裏づけはありませんが、「入京を許さん!」と公言(?)するほど(『玉葉』11/5)、清盛の激怒が凄まじかったのは確かなようです(「喜界が島配流」が当時の刑罰の最上級で、それぐらい怒っていたことを表したかったのでは?)。

しかし、己の大失態に恥じ入り、しどろもどろの維盛に、助け舟を出したいのか当てこすりたいのかよくわからない知盛、ここぞとばかりに嫌味を言わずにはいられない宗盛、庇いたい気持ちはあるけど父上が怖くてだんまりの重衡(笑)。そんな中で、たった一人清盛に物申した盛国さん。いや~、かっこよかったですよ! これまでは、どうも態度だけは超デカイ、いけ好かないジジイと思ってましたが(失敬)、こういう時に意見できるあなたは臣下の鏡です。
でもね…、本当のことを言えば、そのセリフは知盛さんに言って欲しかったのですよ。このドラマでの知盛については、頼政追討劇以来、どうも、好感度急降下中。このままでは、壇ノ浦の最期でも感情移入できなくなりそうで正直困る…。

そして、維盛の減刑を時子に懇願する経子さん。そう言えば、甥の成経も鹿谷事件で喜界が島へ配流になっていましたね(ドラマでは完全黙殺)。中宮懐妊の恩赦で召し返されているはずですから、この頃には、もう京に戻って来ていたでしょうけど、なさぬ仲の維盛に対してさえ、これだけの熱心さなのですから、血の繋がった甥の時も、さぞや、命乞いに奔走したのでしょうね。う~ん、それにしても、この義理の母子。まだ一度も一緒のシーンがないような…。返す返す、重盛の存命中に、剃髪前の経子さん、維盛、資盛らが集う映像を、一瞬でも入れて欲しかったような…。

◇ここからは源氏の側をまとめて… (今回も一丁つるし上げてみますか?)
# by kiratemari | 2005-04-21 19:55 | テレビ | Trackback(2) | Comments(4)

あなたは誰?- 義経キャラクター診断

ネットサーフィン中にこんなものを見つけました。

   『 義経キャラクター診断 』

一種の性格診断のようなもので、簡単な質問に答え、扇の的を射るゲームをやると(これが結構おもしろい!)、義経の周辺人物のキャラクターが表示されます。ちなみに、私は「金売り吉次」と出ました(笑)。
他愛もないゲームですが、話の種に、皆様も一度試してご覧になってはいかがでしょう。
# by kiratemari | 2005-04-20 20:25 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

早くも夏の気配?

今日は久しぶりに外回り仕事で、平日の街をウォーキング(?)
少し歩いただけでもじっとりと汗ばむ暑さに、行き交うサラリーマン諸氏の中には、背広の上着を腕に抱える姿もチラホラ…。
ある意味、日本で最も暑い街―大阪。
熱帯夜のやって来るのも、そう遠いことではなさそうな~(鬱)

なお、今週の義経の感想upは少し遅れます。
仕事の方が少々バタついているのと、Paoloサイトの新ページ作成にとりかかっているもので…。木曜か金曜辺りにはupできるとは思うのですが、予定は未定ということで (*^_^*)
# by kiratemari | 2005-04-19 19:36 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

今年も咲きました!

c0057946_20454191.jpgもう10年以上前からある蘭の鉢植え。毎年、この季節になると、きれいな花を咲かせてくれていますが、実は、水遣りの他は、ほとんど放置状態(その水遣りも私はノータッチですけど)。

蘭と言えば、何となく温室育ちの弱い植物というイメージもありますが、どうしてどうして、年中吹きさらしで、真冬の寒さも何のその? もっとも、それくらいタフでいてくれないと、我が家ではとても生きていけませんけどね (^^;)
# by kiratemari | 2005-04-16 20:50 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

小説の連載再開!

本サイト「きらめきの刹那」にて連載中の創作小説『蒼き風 緋の海』が、およそ三ヶ月半の充電期間を経て、ようやく、再開の運びとなりました。当ブログともども、どうぞお見知りおきを。

しかし、言い訳をするのも何ですが、ここまで遅れた最大の原因は、やはり、大河ドラマ『義経』の存在。と言っても、ブログに感想を書くようになって忙しくなったから…というわけではありませんよ<いや、少しはあるかな?(笑)

実は、この第3章より、源義経その人も新加入。しかも、かなりのウェートを占めるため、同時期に進行させることに怖さを感じてしまったのと、それぞれの人物が、ドラマではどう描かれているのか、見定めたいという気持ちもありまして……。

とりあえず、第3章・第4章に当たる部分は通り過ぎ、思いのほか、人物像も異なっていたことでもあり(というか、ちょっと勇気をもらったかな?)、あまり気にせず、連載に臨むことができそうです(笑)。

この小説の誕生秘話もどき?
# by kiratemari | 2005-04-14 19:59 | 「きらめきの刹那」関連 | Trackback | Comments(0)

日本語は難しい!?―『義経』vol.14「さらば奥州」

予想どおりではありましたが、開始10分で終了した「橋合戦」。最初に義経と秀衡の草笛吹きなども入ったため、正味4分のあっけない幕切れでした。

しかし、宇治川の激流も見せず(エンディングの義経紀行で少し流れてましたが)、どこだかさっぱりわからない本陣に、いきなり平家軍がなだれこんで来たのも大概ですが、あんな至近距離からゆうゆうと弓を引き絞る知盛殿と、射て下さいと言わんばかりに突っ立っている頼政殿。そして、それをボケーッと眺めている重衡に、父上がターゲットにされているのに射られるまで気づかない(?)仲綱…。本当にこれは戦場なんですかい? ドラマに締まりがない以上、せめて、合戦くらいは勇壮、かつ、ド迫力でお願いしたいのですけどね……。

それにしても、放送開始当初からずっと気にはなっていたのですが、このドラマ、構成的に「起承転結」の「転」の部分で終わるパターンが多いんですよね。で、次回の冒頭で「結」の部分をやって、また「起・承・転」。盛り上がりかけた所で切って、この続きをお楽しみに…というのは、ドラマ作りの常套手段ながら、せっかく高揚してきたものをプツっと切られて、次回も同じテンションで見続けるなんてことはまず無理な話で、今回の頼政の自刃にしても、いっそ「頼政」スペシャル(笑)と銘打って、前回1回に、全部凝縮してもよかったのでは?という気がします(だからって、先に挙げたゆるい演出は容認しませんよ)。

さて、以仁王様もわずか数秒の絶命シーンで逝ってしまい、福原遷都、山木襲撃、石橋山の合戦と、これまた、ほとんどお徳婆のナレだけで終了(政子の兄宗時の討死もセリフで済まさず映像でちゃんと表現してくれ…)。何だかドラマというよりは、朗読劇を見ているようで、しかし、それにしては読み違いが多すぎる…という難点も。

これまでにも「法住寺殿」を「ほうじゅうじでん」、「鳥羽殿」を「とばでん」と読んだのには、方々で、かなりのツッコミを入れられていましたが(正しくは「でん」ではなく「どの」と読みます)、中宮徳子も最近の流れとしては「ノリコ」と読ませ、原作の宮尾本でもそれに習っているらしい(未読のため某所で聞き及んだ所では)のにも関わらず、ドラマ化の過程で「トクコ」に改変されたようですね。

そして、今回気になったのが、頼朝の許へ赴きたい旨を、義経が秀衡に願い出た際のセリフの「お暇を」。これを「おヒマ」と読んじゃいますか…。時代物では「おイトマ」と言った方がおさまりがいいですし、この脚本家の方が時代劇も数多く手掛けていらっしゃることから見ても、まず「おヒマ」を意図して書いたとは思えないんですよね。
とすると、演出家か演じ手本人が読み違え、現場にそれをチェックする人が誰もいない……ということになるわけですが、これって、かなり問題ではないでしょうか。

間違ったものをそうと気づかずにO.A.し、それを見た視聴者も何の疑いもなく鵜呑みにしてしまう怖さ……。「教育番組ではない」「歴史の授業をやっているわけではない」などという口上も言い訳になりませんよ。もう少し、現場レベルで日本史や日本語の不勉強さをよく自覚してもらわないと…。

今週の特集?【平家の女人は乳母ぞろい】
# by kiratemari | 2005-04-12 19:56 | テレビ | Trackback(1) | Comments(7)

やっぱり桜…

日付も変わり新しい週の始まりということで、再び柄違いの桜にスキンを変更。
とりあえず、本サイトの小説連載を早々に再開したいのだけど…、後もうちょい時間がかかりそうで…。やはり、先に『義経』感想の方をアップすることになりそうです(しかし、どれをネタにしましょうかね…)。
# by kiratemari | 2005-04-11 00:42 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

春爛漫

週末限定で夜桜スキンに変更。
お花見にはちょっと行けそうもないので、せめて画面の中で雰囲気だけでも…。
# by kiratemari | 2005-04-09 00:59 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

炎に消えた老将?―『義経』vol.13「源氏の決起」

前回の平家話の不可解さもさることながら、源氏サイドに話が移っても、相変わらず無茶苦茶な所は変わらないこのドラマ…。

いきなり結婚していた頼朝と政子、妖●「丹後」に骨抜きにされている法皇様、自分の祖父ちゃんのこともまるで知らない義仲、そして、極めつきは、自邸に放火した所まではいいとして、知盛の面前でニヤリと笑って炎の中に消えて行った頼政殿。思わず「自害するのか!?」と錯覚いたしました。

唯一、まだマトモに思えたのは、源行家をめぐる頼朝と義仲の対応の違いでしょうかね。田舎者を強調するあまり、義仲を阿呆に描きすぎている難はあれども、この「疫病神」に親族の情を抱いてしまった義仲(義経もね)の悲劇と、全く心を許さず、常に遠ざけ続けた勝利者頼朝を暗示する、それなりの場面になっていたように思います。

ところで、今回も小難しい歴史事項がナレだけで簡単に済まされていましたね。
「城興寺領没収」
耳で聞いただけでは「どんな字を書くの?」という疑問も浮かびそうですが、簡単に言うと、京の九条にある元摂関家領のお寺が、天台座主最雲(白河法皇の子)に寄進されて、さらに、その弟子だった以仁王に伝えられていたのを、治承3(1179)年のクーデターの際に、平家が没収してしまうということがありまして……。

前回の「白河殿盛子の死去」にしてもそうですが、色々と込み入った事情のある歴史事項を、完全スルーするならともかく、ナレーションやセリフで軽く扱っているを見るにつけ、逆に、これまで触れられなかった有名な史実についても「全て起きたものとして補足しておけ」ということなのだろうか?と疑問に思う部分があります。

例えば、意味不明だった「殿下乗合事件」もどきでいえば、その前年に、正真正銘の殿下乗合事件があって、その時も重盛の報復が行われた上で、さらに、同種の騒動が起きたのか、単に、報復は「三位様」に対してのみ行われたのか……。
あるいは、今回の頼朝と政子の結婚も、先に頼朝が伊東祐親の娘と通じ、二人の間に生まれた男子(千鶴丸)を祐親に殺されたという逸話を経た上でのことなのか、はたまた、山木兼隆との政略結婚を嫌っての政子の駆け落ちとかはあったのか……。
それぞれの前提があるのとないのとでは、大きく印象が変わるだけに、正直「はっきりしてくれ!」と声を大にして言いたい気持ちです。

◆以下「以仁王」について補足を少々
# by kiratemari | 2005-04-05 20:08 | テレビ | Trackback(1) | Comments(2)

源氏の前時代をたどる?

本日、本サイト「きらめきの刹那」の方に、「源為義」に関するコラムをアップしました。

  平家随想>往古人物記>源為義

ようやく源氏から初選出ですが、相変わらず、ピントのズレた人選で……のつもりでいたら、本日の『義経』(13回) で、この名前が連呼されるは、さらに義賢vs義平の争いまで触れてくれるはで、一転、タイムリーな内容に(^^;)

実際、この時代の捉え方一つで、後の源平の争乱の印象も随分と変わってくるのと、為義の生涯そのものが、骨肉相食む源氏の対立に絡むネタの宝庫でもありますから、押えておいて損のない(?)人物だと思いますよ。
# by kiratemari | 2005-04-03 21:49 | 「きらめきの刹那」関連 | Trackback | Comments(0)

「平家にあらずんば…」―『義経』vol.12「驕る平家」

今週は治承2(1178)年から翌3(1179)年の1年間。
いや~、こうして確認してから臨まないと、置いてけぼりにされちゃいそうで… (^^;)
特に、この1年の京の動きはとにかく目まぐるしくて、平家の運命を決定づけるような重大事件も続発!!! にもかかわらず、それをたった1回で全部やってのけてくれるのですから(怒)、言わずもがなです。

冒頭から、国衡と泰衡の兄弟関係について…の今さらなツッコミ。いったい何年奥州で暮らしているわけ?(奥州入りは1171年)
そういう素朴な疑問は、最初の対面の時に出ていてもいいぐらいで、少なくとも、7年も経ってわざわざ聞くことではないでしょう。

まあ、それはさておき、今回は顔見世のような登場の木曽義仲と巴御前。
颯爽と馬に跨り、義仲を追い掛け回す巴様。何せこちらは本家本元の女武者ですから、これもありだと一応納得なのですが、この手のキャラは政子さんに先を越されてますからね。正直言って「またかよ~」と思う部分もなきにしもあらず。つくづく、政子のキャラをもう少しマトモにして(笑)、二人の違いを明確にして欲しかった…と思いますが、それにしても、今回の『義経』に限らず、どうしてこうも女性を「聡明に」描くことができないのか……。

出番が多ければいいという問題ではなく、多少出番は少なくとも、女性の目にも「素敵!」と映る表現があれば、自ずと印象に残りやすいもの。むしろ、それができていないから、大河ドラマを見る女性は少ない…という傾向に陥っていることに、制作者側も、そろそろ気づいてくれても良さそうなものなのだが……。

ところで、伊勢三郎がごにょごにょと言っていた「巴が義仲の妻の叔母」という件は、恐らく、義仲の妻が「今井四郎兼平」という一説によるものでしょう(巴は兼平の妹)。ただ、これについては「兼平」の誤記とする説もあるのですが、この場合でも、別の妹としていて、なぜか妻=「巴」と見ることには否定的。とはいえ、姉妹が同じ男性の妻になるという例はそう珍しくもなく(摂関家の近衛基実と松殿基房の母は、いずれも中納言源国信女とあるものの、二人は同母の兄弟ではないそうですから)、巴とその姉妹が共に義仲に嫁していた可能性も十分ありそうです。

一方、ドラマでも採用(?)の「兼平」説の場合、兼平は義仲の乳兄弟として知られていますからほぼ同年代で、今回の義経との遭遇時は二十代半ば。その娘となると十歳に満たない幼女でしょうから、あるいは、巴はその娘が成長するまでの妻代理という立場にでもあったということなのか……。
とりあえず、次回で、その説明がきちんとなされるのを待つことにいたしましょう。

前置きはこのくらいにして、いざ本題へ(今回も苦言が満載!)
# by kiratemari | 2005-03-29 19:42 | テレビ | Trackback | Comments(2)

春は選抜から…

時ならぬ雨に、文字通り水を差され、一日遅れで始まった選抜高校野球。
本日も、曇り→晴れ→雨&強風と、とにかく目まぐるしく変わる天候の中、どうにか3試合とも行われたようですが、昨日、ふと気になったこと。
いつから民放さん(選抜はTBS系の毎日放送)は、開会式の放送までやめたの?

その昔は、春・夏とも朝から夕方まで、ブチ抜き全試合放送が当たり前だと思っていたのですが、これが「関西」だけの常識だということを知ったのも、そう遠い昔ではなかったように記憶しております。
それが、時代の流れで年々縮小され(特に選抜は)、もはや、中継もNHK頼み。
こんな所にも、近年の野球人気の低下が如実に表れているようで、何だか淋しい限りです。
# by kiratemari | 2005-03-24 20:22 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

プレ「一の谷」?―『義経』vol.11「嵐の前夜」

白童子にまたがり颯爽と急斜面を駆け下りる義経様…

冒頭のこの泰衡救出劇が、後の「一の谷」の伏線なのはよ~くわかりますが(というかミエミエ)、それ以前に、せいぜい1~2時間(その位にしか見えなかった)の捜索活動で早々に見限る秀衡って…。嫡男でしょ?跡継ぎでしょ?(せめて、丸一日くらいは経過したことにして、そこであのセリフなら、もう少し説得力があるのだけど…)

第一、御館の捜索打ち切り宣言があったにしても…、本当に、義経以外の人間は、誰も捜そうとしなかったのですかね。仮にも嫡男であれば、直属の部下とか近習とかいるでしょうに、いくら、御館の言葉が重いとはいえ、彼らが捜さない方がよっぽど不自然なように思えます(それほど泰衡には人望がなかったとでも言いたいのか?)。

ここは、義経も捜索隊の一人として加わり、木の幹の目印…うんぬんの「義経流捜索術」を披露しつつ、次第にリーダーシップを発揮し、その極め付けに、急坂にしり込みする奥州人を横目に、先陣切って一人駆け下りる…という設定の方が、後で説明セリフで済ませるよりわかりやすいですし、ドラマ的にも無理がなかったような気がします(でもこれが、スタンドプレーの多い義経の欠点をもクローズアップするという狙いなら「深い~」と言えなくもないけど…)。

そして、問題の「鹿谷事件」については…、まあ、予想通りの展開に苦笑もしましたが(マジで建春門院死去はナレだけだったし…)、ここまで、何の伏線も張っていない以上、様々な要素が複雑に絡み合った難解事件を、たった1回でとても描ききれるものでなし、単純に、清盛vs後白河の対立で済ませたのは懸命だったかもしれません。

とはいえ…、重盛のセリフの中で、成親が妻経子の兄、維盛の舅であることに触れている以上、それにまつわるサイドストーリーも、本来、盛り込んでおくべきだったとは思います。
兄が平家転覆を企て流罪(実際はその後暗殺されたとも)となったにしては、徳子懐妊を受けての安産祈願の「泥塔」作りにも、何事もなかったように参加している経子に、どうも違和感が拭えませんでしたから…。

おまけ《平家の女性達は物持ちが良い件について》
# by kiratemari | 2005-03-21 22:23 | テレビ | Trackback | Comments(0)

誰が決める?「嫡流」「庶流」

「義経」第10回で、ちょいと耳に残った「嫡流」「庶流」という言葉。時代物には欠かせないこのアイテム(?)を、奥州藤原氏と源氏のお家事情と絡めて、クローズ・アップしてみたいと思います。

1.奥州藤原氏の場合

奥州藤原氏の三代目御館秀衡に何人の男子がいたかは不明ですが、とりあえず有名どころを挙げれば、国衡、泰衡、忠衡の三人。その中で、秀衡の跡を継いで四代目となったのは二男の泰衡でした。
九条兼実の日記『玉葉』によれば、後年、秀衡死去に触れた記事の中で「兄多腹之嫡男也、弟当腹太郎也」とあり、国衡=「庶長子」、泰衡=「嫡出長子」の認識に間違いはないものと思われます。

国衡の母は未詳ですが、在地の豪族の娘辺りを想像しておけば良いでしょう。
対する泰衡の母は元陸奥守の藤原基成
かの平治の乱を引き起こした傾国の美男子(?)藤原信頼の異母兄で、また、摂関家の近衛基通には伯父に当たる人物としても知られますが、意外に知られていないのが一条長成との関係。
基成の父忠隆と一条長成とは、双方の母が姉妹ということで従兄弟に当たり、そもそも、義経の平泉入りも、基成―長成のホットラインがあったればこそ、実現を見たとする説もあるほどです(今回のドラマでは完全黙殺のようですが)。

まあそれはさておき、基成は陸奥守の任期が明けて後も陸奥国に留まり続け、京の公家社会における豊富な人脈をも駆使して、政治顧問の役割を果たしていたと言いますから、秀衡にとっては、あだやおろそかにはできない存在。その基成の孫に当たる泰衡が家督を継ぐのも自然な流れと言えます。

が、長子の国衡の心中を推し量れば、釈然としない思いもあったでしょう。史料などを見る限り、国衡が特に事を起こした気配はないのですが、それでも、秀衡にはどうも危惧する気持ちが強かったのか、臨終に際して、自身の正室、つまり、泰衡の母を国衡に娶わせるという遺言を残したと言うのですから驚きです。
上の記事に続く『玉葉』からの引用で、この後に、有名な「義経を主君と仰ぎ、鎌倉の頼朝に対抗せよ」といった主旨の文章も続くのですが、これらのニュース・ソースは通称「治承3年のクーデター」「鹿谷事件」(訂正:'05/03/24)で陸奥国へ流罪となった中原基兼と目され、流人の身の上にも関わらず、いつしか秀衡の近臣として重用されるようになった彼の情報となれば、かなり信憑性も高いと思われます。

しかし、息子の嫁を自分の嫁に…というのは、どこかでも聞いたような話ですが(多分「義経」でも出てくるでしょう)、自分の嫁を息子に…って、これは、よっぽどの若妻だったのか?(-_-;)

国衡の生年は不明ながら、享年66歳(文治3年)が有力とされる秀衡の長男ですからね。その時点で、既に40歳は越えていたものと思われます。で、片や、泰衡の母はといえば、泰衡の享年(文治5年)に35歳と25歳の説があり(一応、35歳説の方が有力)、仮に35歳説であれば50歳前後、25歳説であれば40歳前後と推測すると、それほど無茶な組み合わせでもなさそうですが(何やら、光源氏と藤壺女御の関係を彷彿させるような…)、それより、問題なのは、こうした政略話が持ち出されるほど、藤原氏内部には、対立の火種が燻っていたのではないか?という疑惑でしょう。

いかに「嫡流」と定められていても、これに反旗を翻す者が出れば、その行方はどう転ぶかわからない…。所詮は、人臣掌握を含めた「実力」がモノを言う、そんな混沌とした乱世にあって、四代目泰衡の立場を守っていたのは、あるいは、秀衡という存在のみだったのかもしれません。

2.頼朝は本当に嫡流だったのか?
# by kiratemari | 2005-03-17 19:20 | 歴史語り | Trackback(1) | Comments(4)

春近し?

春向きのスキンに変更。
これは毎年思うことですが、3月15日を過ぎると、急に春めいてくるんですよね(春分の日も近いですし、当然と言えば当然なのですが…)。
通勤途上にある街路樹の木蓮も、蕾が随分ふくらんできていて、もう間もなくといった所ですし、これはもう、お花見の季節も、すぐそこまで来ていますよ。
# by kiratemari | 2005-03-16 19:58 | つれづれ | Comments(2)

奥州到着 ―『義経』vol.10「父の面影」

先週の思わせぶりなラストも、またもや完全無視で、無事、平泉に御到着(あの崖の上にいた馬上の人達は、お迎えの使者だった…ってことですか?)。
早速、吉次に連れられ、伽羅御所へ参上した御一行様。御館のお出ましを待っている郎党の姿勢に、それぞれの出自が表れていて、何だか微笑ましい。立膝組の伊勢三郎は腐っても(失敬)侍だったのね~♪

御館(秀衡)はさすがに貫禄十分で、出てくるだけで画面が締まります。そして、これまた、相当な年齢詐称気味の泰衡さん(史実では17歳)も、従来どおりのいいヘタレ具合でしたが(笑)、しかし…、国衡兄の腰巾着状態の三弟忠衡くん、彼の義経への敵対心メラメラ…には、どうも違和感が。

伝承の域は出ないものの、彼が義経を慕っていたとの説がかなり浸透している中では、ちょっと異色の設定ですからね。行方不明になった泰衡救出で見直すとかいう展開でも待ち受けているのでしょうか。
それと、国衡のことを泰衡が「太郎」と呼び捨てにしたのは、やはり、嫡男の特権というやつですか?
演じている俳優さんの見た目からして、泰衡―国衡と思われている向きがありそうですが、史実も、ドラマ上でも、国衡=長男、泰衡=二男が正解。

なお、この件と頼朝の「自分は嫡流」発言に関しては、後日、関連記事を書く予定です。

以下 愚痴を少々?
# by kiratemari | 2005-03-14 19:20 | テレビ | Trackback | Comments(2)

「九郎」「義経」の由縁

えりかさんの 大河ドラマ「義経」第9回&遮那王の元服 及び 追記 にTBです。

「源義経」「九郎義経」―この名を知らない人は、多分、世間を見回しても、そうはいないと思いますが、その名の由来となると、意外に、知られていない部分もあるのではないでしょうか。

まず「九郎」という名乗り。
普通に考えれば「9番目の男子だから…」でしょうが、これについては、彼が父義朝の何番目の子だったか?という問題も含めて諸説入り乱れ、その混乱の張本となっているのが、『義経記』の 《実は八男の義経が、叔父に当たる猛将「鎮西八郎為朝」と同じ「八郎」を名乗るのは恐れ多いと、これを避けて「九郎」とした》 という説。他にも『吾妻鏡』の六男とする説などもありますが…。

ということで、系図といえば「まずはコレ!」の『尊卑分脉』を紐解いてみますと、これが、ちゃんと「九郎」になっているんですよね。
   1. 義平
   2. 朝長
   3. 頼朝
   4. 義門 ※
   5. 希義
   6. 範頼
   7. 全成(今若)
   8. 義円(乙若・円成)
   9. 義経

一般的に、八男説をとるものは、【義門】が除外されていて、六男説では、この義門に加え、頼朝挙兵前に亡くなっている「義平」「朝長」も除外して6番目としているようです。また、義門と希義は順序を逆とするものもあります。

さて、ここで問題の【義門】さん。『尊卑』では「宮内丞左兵尉・早世」と書き込まれていることから、恐らくは、平治の乱以前に亡くなっていたために抜け落ちたとか、あえてカウントしなかったなどと見る向きが多いようですが、一方では、その存在自体を疑問視する声もあったりします。それこそ、義経を「九郎」にするための人数調整とか…。

確かに、かの九郎判官義経が「八男では理屈に合わん!」と考えた後人が、辻褄合わせのために「為朝」話を創作したとか、それらしい兄弟を増やした…というのも、あながち、あり得ない話でもないように思えますしね(『尊卑分脉』の記載も、情報ソースのはっきりしないものが多くて、実はあまり当てにはならない)。

以下 さらに超長文
# by kiratemari | 2005-03-11 20:03 | 歴史語り | Trackback(2) | Comments(2)

続 「三位殿とは誰ぞなもし?」

以前書いた記事に関連して(元記事は こちら )、私の疑問の答えを丁寧に考察して下さっているブログを発見!
TBもさせていただいたのですが、当方の元記事が、投稿から少し日が経っていることもあり、改めて、こちらで御紹介させていただきます。

「三位さま」って誰のこと? 〈えりかの平安な日々〉
平安貴族についてとてもお詳しい 《えりか様》 のブログ。
これは一見の価値ありです!
# by kiratemari | 2005-03-08 20:27 | テレビ | Trackback(1) | Comments(2)

「きらめきの刹那」 別館  花や史跡の探訪記録や源平&時代物ドラマ話など何でもござれの雑記帳


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