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「平家にあらずんば…」―『義経』vol.12「驕る平家」

今週は治承2(1178)年から翌3(1179)年の1年間。
いや~、こうして確認してから臨まないと、置いてけぼりにされちゃいそうで… (^^;)
特に、この1年の京の動きはとにかく目まぐるしくて、平家の運命を決定づけるような重大事件も続発!!! にもかかわらず、それをたった1回で全部やってのけてくれるのですから(怒)、言わずもがなです。

冒頭から、国衡と泰衡の兄弟関係について…の今さらなツッコミ。いったい何年奥州で暮らしているわけ?(奥州入りは1171年)
そういう素朴な疑問は、最初の対面の時に出ていてもいいぐらいで、少なくとも、7年も経ってわざわざ聞くことではないでしょう。

まあ、それはさておき、今回は顔見世のような登場の木曽義仲と巴御前。
颯爽と馬に跨り、義仲を追い掛け回す巴様。何せこちらは本家本元の女武者ですから、これもありだと一応納得なのですが、この手のキャラは政子さんに先を越されてますからね。正直言って「またかよ~」と思う部分もなきにしもあらず。つくづく、政子のキャラをもう少しマトモにして(笑)、二人の違いを明確にして欲しかった…と思いますが、それにしても、今回の『義経』に限らず、どうしてこうも女性を「聡明に」描くことができないのか……。

出番が多ければいいという問題ではなく、多少出番は少なくとも、女性の目にも「素敵!」と映る表現があれば、自ずと印象に残りやすいもの。むしろ、それができていないから、大河ドラマを見る女性は少ない…という傾向に陥っていることに、制作者側も、そろそろ気づいてくれても良さそうなものなのだが……。

ところで、伊勢三郎がごにょごにょと言っていた「巴が義仲の妻の叔母」という件は、恐らく、義仲の妻が「今井四郎兼平」という一説によるものでしょう(巴は兼平の妹)。ただ、これについては「兼平」の誤記とする説もあるのですが、この場合でも、別の妹としていて、なぜか妻=「巴」と見ることには否定的。とはいえ、姉妹が同じ男性の妻になるという例はそう珍しくもなく(摂関家の近衛基実と松殿基房の母は、いずれも中納言源国信女とあるものの、二人は同母の兄弟ではないそうですから)、巴とその姉妹が共に義仲に嫁していた可能性も十分ありそうです。

一方、ドラマでも採用(?)の「兼平」説の場合、兼平は義仲の乳兄弟として知られていますからほぼ同年代で、今回の義経との遭遇時は二十代半ば。その娘となると十歳に満たない幼女でしょうから、あるいは、巴はその娘が成長するまでの妻代理という立場にでもあったということなのか……。
とりあえず、次回で、その説明がきちんとなされるのを待つことにいたしましょう。

前置きはこのくらいにして、いざ本題へ(今回も苦言が満載!)
by kiratemari | 2005-03-29 19:42 | テレビ | Trackback | Comments(2)

春は選抜から…

時ならぬ雨に、文字通り水を差され、一日遅れで始まった選抜高校野球。
本日も、曇り→晴れ→雨&強風と、とにかく目まぐるしく変わる天候の中、どうにか3試合とも行われたようですが、昨日、ふと気になったこと。
いつから民放さん(選抜はTBS系の毎日放送)は、開会式の放送までやめたの?

その昔は、春・夏とも朝から夕方まで、ブチ抜き全試合放送が当たり前だと思っていたのですが、これが「関西」だけの常識だということを知ったのも、そう遠い昔ではなかったように記憶しております。
それが、時代の流れで年々縮小され(特に選抜は)、もはや、中継もNHK頼み。
こんな所にも、近年の野球人気の低下が如実に表れているようで、何だか淋しい限りです。
by kiratemari | 2005-03-24 20:22 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

プレ「一の谷」?―『義経』vol.11「嵐の前夜」

白童子にまたがり颯爽と急斜面を駆け下りる義経様…

冒頭のこの泰衡救出劇が、後の「一の谷」の伏線なのはよ~くわかりますが(というかミエミエ)、それ以前に、せいぜい1~2時間(その位にしか見えなかった)の捜索活動で早々に見限る秀衡って…。嫡男でしょ?跡継ぎでしょ?(せめて、丸一日くらいは経過したことにして、そこであのセリフなら、もう少し説得力があるのだけど…)

第一、御館の捜索打ち切り宣言があったにしても…、本当に、義経以外の人間は、誰も捜そうとしなかったのですかね。仮にも嫡男であれば、直属の部下とか近習とかいるでしょうに、いくら、御館の言葉が重いとはいえ、彼らが捜さない方がよっぽど不自然なように思えます(それほど泰衡には人望がなかったとでも言いたいのか?)。

ここは、義経も捜索隊の一人として加わり、木の幹の目印…うんぬんの「義経流捜索術」を披露しつつ、次第にリーダーシップを発揮し、その極め付けに、急坂にしり込みする奥州人を横目に、先陣切って一人駆け下りる…という設定の方が、後で説明セリフで済ませるよりわかりやすいですし、ドラマ的にも無理がなかったような気がします(でもこれが、スタンドプレーの多い義経の欠点をもクローズアップするという狙いなら「深い~」と言えなくもないけど…)。

そして、問題の「鹿谷事件」については…、まあ、予想通りの展開に苦笑もしましたが(マジで建春門院死去はナレだけだったし…)、ここまで、何の伏線も張っていない以上、様々な要素が複雑に絡み合った難解事件を、たった1回でとても描ききれるものでなし、単純に、清盛vs後白河の対立で済ませたのは懸命だったかもしれません。

とはいえ…、重盛のセリフの中で、成親が妻経子の兄、維盛の舅であることに触れている以上、それにまつわるサイドストーリーも、本来、盛り込んでおくべきだったとは思います。
兄が平家転覆を企て流罪(実際はその後暗殺されたとも)となったにしては、徳子懐妊を受けての安産祈願の「泥塔」作りにも、何事もなかったように参加している経子に、どうも違和感が拭えませんでしたから…。

おまけ《平家の女性達は物持ちが良い件について》
by kiratemari | 2005-03-21 22:23 | テレビ | Trackback | Comments(0)

誰が決める?「嫡流」「庶流」

「義経」第10回で、ちょいと耳に残った「嫡流」「庶流」という言葉。時代物には欠かせないこのアイテム(?)を、奥州藤原氏と源氏のお家事情と絡めて、クローズ・アップしてみたいと思います。

1.奥州藤原氏の場合

奥州藤原氏の三代目御館秀衡に何人の男子がいたかは不明ですが、とりあえず有名どころを挙げれば、国衡、泰衡、忠衡の三人。その中で、秀衡の跡を継いで四代目となったのは二男の泰衡でした。
九条兼実の日記『玉葉』によれば、後年、秀衡死去に触れた記事の中で「兄多腹之嫡男也、弟当腹太郎也」とあり、国衡=「庶長子」、泰衡=「嫡出長子」の認識に間違いはないものと思われます。

国衡の母は未詳ですが、在地の豪族の娘辺りを想像しておけば良いでしょう。
対する泰衡の母は元陸奥守の藤原基成
かの平治の乱を引き起こした傾国の美男子(?)藤原信頼の異母兄で、また、摂関家の近衛基通には伯父に当たる人物としても知られますが、意外に知られていないのが一条長成との関係。
基成の父忠隆と一条長成とは、双方の母が姉妹ということで従兄弟に当たり、そもそも、義経の平泉入りも、基成―長成のホットラインがあったればこそ、実現を見たとする説もあるほどです(今回のドラマでは完全黙殺のようですが)。

まあそれはさておき、基成は陸奥守の任期が明けて後も陸奥国に留まり続け、京の公家社会における豊富な人脈をも駆使して、政治顧問の役割を果たしていたと言いますから、秀衡にとっては、あだやおろそかにはできない存在。その基成の孫に当たる泰衡が家督を継ぐのも自然な流れと言えます。

が、長子の国衡の心中を推し量れば、釈然としない思いもあったでしょう。史料などを見る限り、国衡が特に事を起こした気配はないのですが、それでも、秀衡にはどうも危惧する気持ちが強かったのか、臨終に際して、自身の正室、つまり、泰衡の母を国衡に娶わせるという遺言を残したと言うのですから驚きです。
上の記事に続く『玉葉』からの引用で、この後に、有名な「義経を主君と仰ぎ、鎌倉の頼朝に対抗せよ」といった主旨の文章も続くのですが、これらのニュース・ソースは通称「治承3年のクーデター」「鹿谷事件」(訂正:'05/03/24)で陸奥国へ流罪となった中原基兼と目され、流人の身の上にも関わらず、いつしか秀衡の近臣として重用されるようになった彼の情報となれば、かなり信憑性も高いと思われます。

しかし、息子の嫁を自分の嫁に…というのは、どこかでも聞いたような話ですが(多分「義経」でも出てくるでしょう)、自分の嫁を息子に…って、これは、よっぽどの若妻だったのか?(-_-;)

国衡の生年は不明ながら、享年66歳(文治3年)が有力とされる秀衡の長男ですからね。その時点で、既に40歳は越えていたものと思われます。で、片や、泰衡の母はといえば、泰衡の享年(文治5年)に35歳と25歳の説があり(一応、35歳説の方が有力)、仮に35歳説であれば50歳前後、25歳説であれば40歳前後と推測すると、それほど無茶な組み合わせでもなさそうですが(何やら、光源氏と藤壺女御の関係を彷彿させるような…)、それより、問題なのは、こうした政略話が持ち出されるほど、藤原氏内部には、対立の火種が燻っていたのではないか?という疑惑でしょう。

いかに「嫡流」と定められていても、これに反旗を翻す者が出れば、その行方はどう転ぶかわからない…。所詮は、人臣掌握を含めた「実力」がモノを言う、そんな混沌とした乱世にあって、四代目泰衡の立場を守っていたのは、あるいは、秀衡という存在のみだったのかもしれません。

2.頼朝は本当に嫡流だったのか?
by kiratemari | 2005-03-17 19:20 | 歴史語り | Trackback(1) | Comments(4)

春近し?

春向きのスキンに変更。
これは毎年思うことですが、3月15日を過ぎると、急に春めいてくるんですよね(春分の日も近いですし、当然と言えば当然なのですが…)。
通勤途上にある街路樹の木蓮も、蕾が随分ふくらんできていて、もう間もなくといった所ですし、これはもう、お花見の季節も、すぐそこまで来ていますよ。
by kiratemari | 2005-03-16 19:58 | つれづれ | Comments(2)

奥州到着 ―『義経』vol.10「父の面影」

先週の思わせぶりなラストも、またもや完全無視で、無事、平泉に御到着(あの崖の上にいた馬上の人達は、お迎えの使者だった…ってことですか?)。
早速、吉次に連れられ、伽羅御所へ参上した御一行様。御館のお出ましを待っている郎党の姿勢に、それぞれの出自が表れていて、何だか微笑ましい。立膝組の伊勢三郎は腐っても(失敬)侍だったのね~♪

御館(秀衡)はさすがに貫禄十分で、出てくるだけで画面が締まります。そして、これまた、相当な年齢詐称気味の泰衡さん(史実では17歳)も、従来どおりのいいヘタレ具合でしたが(笑)、しかし…、国衡兄の腰巾着状態の三弟忠衡くん、彼の義経への敵対心メラメラ…には、どうも違和感が。

伝承の域は出ないものの、彼が義経を慕っていたとの説がかなり浸透している中では、ちょっと異色の設定ですからね。行方不明になった泰衡救出で見直すとかいう展開でも待ち受けているのでしょうか。
それと、国衡のことを泰衡が「太郎」と呼び捨てにしたのは、やはり、嫡男の特権というやつですか?
演じている俳優さんの見た目からして、泰衡―国衡と思われている向きがありそうですが、史実も、ドラマ上でも、国衡=長男、泰衡=二男が正解。

なお、この件と頼朝の「自分は嫡流」発言に関しては、後日、関連記事を書く予定です。

以下 愚痴を少々?
by kiratemari | 2005-03-14 19:20 | テレビ | Trackback | Comments(2)

「九郎」「義経」の由縁

えりかさんの 大河ドラマ「義経」第9回&遮那王の元服 及び 追記 にTBです。

「源義経」「九郎義経」―この名を知らない人は、多分、世間を見回しても、そうはいないと思いますが、その名の由来となると、意外に、知られていない部分もあるのではないでしょうか。

まず「九郎」という名乗り。
普通に考えれば「9番目の男子だから…」でしょうが、これについては、彼が父義朝の何番目の子だったか?という問題も含めて諸説入り乱れ、その混乱の張本となっているのが、『義経記』の 《実は八男の義経が、叔父に当たる猛将「鎮西八郎為朝」と同じ「八郎」を名乗るのは恐れ多いと、これを避けて「九郎」とした》 という説。他にも『吾妻鏡』の六男とする説などもありますが…。

ということで、系図といえば「まずはコレ!」の『尊卑分脉』を紐解いてみますと、これが、ちゃんと「九郎」になっているんですよね。
   1. 義平
   2. 朝長
   3. 頼朝
   4. 義門 ※
   5. 希義
   6. 範頼
   7. 全成(今若)
   8. 義円(乙若・円成)
   9. 義経

一般的に、八男説をとるものは、【義門】が除外されていて、六男説では、この義門に加え、頼朝挙兵前に亡くなっている「義平」「朝長」も除外して6番目としているようです。また、義門と希義は順序を逆とするものもあります。

さて、ここで問題の【義門】さん。『尊卑』では「宮内丞左兵尉・早世」と書き込まれていることから、恐らくは、平治の乱以前に亡くなっていたために抜け落ちたとか、あえてカウントしなかったなどと見る向きが多いようですが、一方では、その存在自体を疑問視する声もあったりします。それこそ、義経を「九郎」にするための人数調整とか…。

確かに、かの九郎判官義経が「八男では理屈に合わん!」と考えた後人が、辻褄合わせのために「為朝」話を創作したとか、それらしい兄弟を増やした…というのも、あながち、あり得ない話でもないように思えますしね(『尊卑分脉』の記載も、情報ソースのはっきりしないものが多くて、実はあまり当てにはならない)。

以下 さらに超長文
by kiratemari | 2005-03-11 20:03 | 歴史語り | Trackback(2) | Comments(2)

続 「三位殿とは誰ぞなもし?」

以前書いた記事に関連して(元記事は こちら )、私の疑問の答えを丁寧に考察して下さっているブログを発見!
TBもさせていただいたのですが、当方の元記事が、投稿から少し日が経っていることもあり、改めて、こちらで御紹介させていただきます。

「三位さま」って誰のこと? 〈えりかの平安な日々〉
平安貴族についてとてもお詳しい 《えりか様》 のブログ。
これは一見の価値ありです!
by kiratemari | 2005-03-08 20:27 | テレビ | Trackback(1) | Comments(2)

奥州なんてひとっ飛び?―『義経』vol.9「義経誕生」

いよいよ奥州へ向けて旅立った…と思ったら、その日の内にもう御到着!(正確には、後もう少しという所ですが)
途上、何度か山賊に襲われはしたものの、初めて人を斬ったというエピソードも「避けたら斬っちゃいました」(チャンチャン!)的で、どうも、命の遣り取りをしてるような緊迫感は伝わらず、あれで、どうして、誰も彼もが義経という人物に魅せられ、「どうか、家来に!」と志願するのか?と、かなり疑問噴出。

政子ちゃんのサービスカット(?)を含め、これらは、歴史上の結果ありき(義経の家来になるから、頼朝と政子が結婚するから)で、ようやくドラマとして成り立っているようなもので、単純に考えてみても、それぞれの行動に至る動機づけが、どれも不自然すぎるような気がします。
おまけに、たった1回で平泉近くまでたどり着く義経一行に、京と伊豆を簡単に往復している時政と、今年も、テレポテーション攻勢がかかりそうな気配も漂ってますし…。

京と奥州の距離感を考えれば、道中には、最低でも2回は割いて、むしろ、その間に、京の平家の動向を挿入してもよかったぐらいで、そうすれば、今後、生涯を共にすることになる義経主従の関係も、もっと濃密、かつ、感動的に描けたように思うのですがね。

何だか、おにぎりをむさぼりながら号泣している伊勢三郎を見て「これは桃太郎か?」と錯覚し、駿河次郎の漁師スタイルに「浦島太郎?」と苦笑し、馬上の義経に従う一行に「これって西遊記じゃん」と画面にツッコミを入れて……と、本当は、こういう楽しみ方はあまりしたくはないんですよ (^^;)

どうか、普通にドラマとして楽しませて下さりませ m(__)m
by kiratemari | 2005-03-07 20:13 | テレビ | Trackback | Comments(0)

何の名前でしょう?

スカイマーク、インボイス、フルキャスト、ヤフー

答えは…
by kiratemari | 2005-03-05 21:46 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

「きらめきの刹那」 別館  花や史跡の探訪記録や源平&時代物ドラマ話など何でもござれの雑記帳


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