盛夏の東北旅行vol5.日本刀のルーツに迫る?

さて、今回の旅行の大きな目玉は平泉に違いないのですが、私的にはもう一つ是が非でも訪ねたい場所がありました。
それは日本刀発祥の地といわれる「舞草(もくさ・まいくさ・もぐさ)」。
その手掛かりを得るためにまず向かったのは、厳美渓そばの「一関市博物館」でした。



 
舞草との出会いは、本サイトで連載しております 創作小説 の奥州平泉編(第4章)を書くにあたり、あれこれ情報収集していた時のこと。実際の執筆はそうした情報から膨らませた想像オンリーで一章丸ごと書き上げたのですが、「一度は自分の目で確かめておかねば」との思いは常々持っていたものですから、今回の旅行が持ち上がった時には「この好機を逃すまじ!」と喜び勇んだことは言うまでもありません \(^o^)/


それはさておき「舞草刀」。
日本の刀剣の歴史は古墳時代にまで遡りますが、元々は「突く」ことに主眼が置かれていたため、槍のように真っ直ぐな形状をしており、これを俗に「直刀」と呼びます。これに対し、平安時代中期以降に出現した刀身に深い反りを持つタイプを「湾刀」と言い、その発祥と目されるのが奥州蝦夷刀。

騎馬戦が盛んだった奥州においては、騎乗しながらでも扱い易い、振り下ろして「薙ぎ切る」形が有効で、それを追求して行った結果が、独特の反り、振り下ろす際に衝撃を増すための重さ、簡単には折れ曲がらない強靭さ、そして何より切れ味の良さ…と、今日イメージされる「日本刀」の特徴へと繋がったものと思われます。

その奥州蝦夷刀の産地として知られる代表格が「舞草」で、「舞草刀」は前九年・後三年の役で遠征して来た源頼義・義家らによって、東国、さらに京へも伝わることとなり、源氏重代の「髭切りの太刀」も舞草鍛冶「文寿」の作と広く知られる他、平家相伝の「小烏丸」についても奥州鍛冶「諷誦」の作とする伝承があるようです(大和の「天国」作とする説の方が有名ですが)。

なお、京都の観智院(東寺塔頭)に伝わる「観智院本銘尽(かんちいんぼん・めいづくし)」には、神代より当代(鎌倉時代後期の成立と見られる)までの上手として42名の刀工の名が挙げられていますが、その中に舞草鍛冶と思しき名前が8名も見受けられ、当時の舞草ブランドの強さを裏打ちするものと見てよいかと思います。

その舞草地方は現在の岩手県一関市舞川町に当たり、その関係からか、一関市博物館には舞草刀に関する物が数多く所蔵・展示されているというので、まずはそちらを訪ねてみることに。
場所は道の駅「厳美渓」のお隣なので、始めは前日に立ち寄る予定だったのですが、猊鼻渓舟下りに時間がかかり過ぎたため、後回しにしたのでした。外観の写真データも消えてしまいましたので、興味がおありの方はこちらの 一関市博物館 のサイトでどうぞ。


一関市博物館では、舞草刀やそのまた原型といわれる「蕨手刀」の展示の他、刀の製作過程を収めたビデオなど、刀剣の歴史に触れられるゾーンが設けられており、それももちろんお目当ての一つでしたが、それよりも一番の目的は、舞草鍛治遺跡のある舞草神社の場所を突き止めること。
事前にネットの情報などで、ある程度の場所は絞り込んでいたものの、今一つ確証が持てなかったものですから、こちらで聞けば間違いないだろうと…。

で、学芸員さんにお尋ねした所、地図をコピーして下さったり、それは丁寧に教えていただきまして、早速現地に向けて出発!

北上川を越えて、東北新幹線の線路も越え、さらに東へ…(束稲山のある方)。

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一関市街から車を走らせることおよそ30分足らずで、舞草神社参道入口に到着。

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ここからは車一台がようやく通れるほどの細い道になり、それでも始めのうちは舗装されているだけマシ、途中からはタイヤの通る部分以外は雑草も生い茂る地道に。ガタガタと激しく揺れる上に、ところどころ急勾配になっている所もあり、運転手には非常に苦労をかけました (^_^;)

そうして、参道入口からおよそ5分ほど行くと(時間にすると案外短かったのですが、体感時間はその倍以上)、やがて左手に現れたのが「鉱山跡」と「舞草鍛治遺跡」の標識。

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小説の中でも「草深い里」と表現しましたが、まさしくそのような佇まい…。
あくまでも遺跡なのでこれも仕方ないとはいえ、実際に鍛冶場が営まれた当時は、もっと開けていたのか…?


そして、ここからさらに、もう少し登って行くと急に紫陽花の群れが…。

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目指す舞草神社は、この先すぐの所にあります。

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延喜式内・舞草神社(正式には「舞」の字は人偏つきの「儛」)
「延喜式内社」=「延喜式神名帳」にその名を残す社→「延喜式」成立時(927年)に既にあった…というわけで、古い由緒を持つ神社であることは間違いないようです。

一説には創建は奈良時代にまで遡りますが、平安時代初期の大同2年(807)に、坂上田村麻呂が蝦夷征討成就の返礼として、この一角に観音を建立したのが事実上の始まりで、その後奥州藤原氏の帰依を受けて「吉祥山東城寺」と称する一大寺院にまで発展したと言います(神仏習合思想により社・寺が併存)。

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手前にあるのが神社の入口に当たる随身門(仁王門)。
この中には、かつては仁王像が祀られていたそうですが、明治の神仏分離令により神社に復し、仁王像は随身像に改められたとのことです。


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そして、随身門をくぐり抜けた階段上にあるのが拝殿。
さらにこの奥に本殿があるのですが、うっかり見逃してしまいました (^_^;)
なお、上の写真の左上隅にわずか写り込んでいる注連縄付きの木が、どうやらご神木のようです。


再び仁王門下まで降りまして、少し左手の方に目を向けますと、紫陽花に囲まれて石碑が建っていました。

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    日本刀源流之一ツ鎌倉鍛冶之始祖
     「舞草古鍛冶発祥之地」

碑文によると、平成15年に舞草刀研究会の会長さんの手により建てられたもののようですが、本来は手前にあった鍛冶遺跡とされる場所の方が適切でしょうにね。神社わきの方がまだ一目につき易く、管理もし易いということでしょうが… (-_-;)

     
さて、神社周辺を簡単に動画でまとめたものがこちら。



ここに来て、何より驚いたのは紫陽花の美しさ。
山の中とはいえ、この猛暑の中でもしっかりとした色づき加減で、これを目にした時だけは暑さも忘れられました。ただ、光線の具合もあって、写真&動画では今ひとつ再現しきれていないのが残念ですが…。


ということで、デジカメデータ喪失でわざわざ一関まで引き返したのは、ここ舞草神社再訪のためでした。中尊寺や毛越寺のデータ喪失ももちろん痛かったですが、ガイドブックなどである程度は補完できますし(その方が写真も格段に美しいし)、また、いずれ再訪の機会もあろうかと…。

しかし、その時にここまで来ることができるか…、それこそ、地元のタクシーでも断られるのでは?と思うほどの難所でしたから、せめて「この舞草神社だけでも…」と我がままを聞いてもらうことになりました。でも、あの紫陽花の小道のことを思うと、またいつの日か訪ねてみたい…との欲も湧き、結局「意味なし!」だったのかもしれませんが… (^_^;)


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最後に参道の途中で写した平泉側の写真をば。
見通しが良ければ、栗駒山まで見えるそうなのですが、あいにくの霞み模様で…。

これにて一関&平泉ゾーンには別れを告げ、仙台へ移動と相成ります。


【このページの写真&動画は平成19年8月15日に撮影したものです】



  一関市博物館 地図
   一関市厳美町字沖野々215(道の駅「厳美渓・もちと湯の郷」に隣接)
   TEL:0191-29-3180
   入館料:一般300円、高校・大学生200年、小・中学生100円


  舞草神社 地図
    岩手県一関市舞川字大平5番地
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by kiratemari | 2007-08-31 19:41 | ├東北 | Trackback | Comments(2)
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Commented by さくら at 2007-09-04 18:35 x
>手鞠さんへ
こんにちは。
大変御無沙汰しております。…何やかんやで、里帰りも含めて、ネットサーフィンどころではなくて…(T△T)
…どこから読ませていただいていなかったかしら…と見ていたら「次のページ」をクリックすることに…。
嗚呼…こんなにも…<反省
そんな間に、奥州に行かれていたのですね。
いいですね〜
…わたしも死ぬまでに一度は訪ねてみたいこの世の浄土。
それだけにとどまらず、綺麗な風景の数々に感動しました。
どことなく、土地のイメージとして力強さを感じます。
写真でトリミングするのがもったいない感じの景色ですね。
今にも、馬に乗った武将が駈けてきそう(^^)
それに、この日本刀のお話は、とても勉強になりました。日本刀には、ついつい魅入られてしまいますし、刀鍛冶や多々良場にもとても興味があるので、もっと詳しく知りたくなりました。
最近、アテルイの本を読め!読め!と友人に言われているので、そのことともリンクして、興味深く読ませていただきました。
仙台レポも楽しみにしています。(^^)
Commented by 手鞠 at 2007-09-04 19:33 x
さくらさん、こんばんは~♪
ご無沙汰はお互い様ですよ (^^;
どうしてもまず「自分の所の記事をどうにかしなくては!」と思い、中々他所様の所をゆっくりお訪ねすることができない日々が続いております m(__)m

奥州へは私も「死ぬまでに一度」という思いでいましたが、一度行ってしまえば、また何回でも行けるような気になって来ました(汗)。
ただ美しいだけでなく、野趣溢れる素朴さ、さくらさんの言われる力強さも確かに感じられ、だからこそまた心惹かれるのかな…と。単に京都の模倣なだけだったら、わざわざ遠路はるばる出掛けて行く意味もないですからね。

日本刀の話は何しろ付け焼刃ですので、通り一遍のことした書けなくてお恥ずかしい限りで…。とりあえず、奥州の原点は何でもまずアテルイにありで、舞草刀にしても同様のようですね。

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