人形劇『平家物語』vol.13 - 43~44話

またまた少し間が開いてしまいましたが、人形劇「平家物語』のレポの続きをアップ!



 
【第4部・流転】

第43話-鵯越

鵯越を敢行した義経軍は明泉寺の平通盛の陣に突入。
即座に和議が平家を油断させる策だったと悟った通盛は、陣を死守するよう檄を飛ばしますが、当の義経は通盛らには目もくれず輪田ノ岬へ急行。

その義経の前に立ちはだかったのが通盛の弟・教経。
相手を義経とは知らずに一騎打ちを挑むものの、そこへ弁慶が割って入り、義経はその隙に岬を目指して疾走。弁慶の呼び掛けで敵の大将・九郎義経と知っても後の祭り…。教経はそのまま弁慶と激しい打ち合いに。

鵯越に端を発した合戦は、土肥実平・畠山重忠らが攻め込んだ一ノ谷・西木戸、範頼率いる本隊が押し寄せた大手の生田でも激戦が繰り広げられ、安徳帝と共に沖の御座船で待機していた宗盛は、一千の兵を擁する全ての船を陸に向け、援軍として上陸させようと考えますが、二位尼が「このような修羅の場に帝をお留めしておくわけには参りませぬ」と言ってこれに反対。

宗盛は「このまま手をこまねいていては一門の者達を見殺しにすることになる」と反論するものの、帝と三種の神器の安全が第一と考える時忠も二位尼に同調し、結局、御座船は屋島へ引き上げることに。

そして、義経がようやく輪田ノ岬に到着した時には、既に御座船は遠く海の彼方へ。すぐに追いついて来た弁慶に追跡のための船を探すよう命じるも、辺りに転がっているのは火を放たれるなどして、まるで使い物にならないものばかり。遠ざかる御座船を恨めしげに眺めながら、船の必要性を痛感する義経。

かくして、御座船も去り、もはや劣勢を極める平家方は、通盛、知章、そして経正までもが次々に命を落とし、重衡は生きながら虜囚の身に。獅子奮迅の働きを見せた忠度も、敵勢を一手に引き受け、年若い敦盛に輪田ノ岬へ急ぐよう促します。




第44話-敦盛、討たれ

敦盛を逃がした後も、多勢に無勢をものともせず果敢に立ち向かっていた忠度も、馬から振り落とされると四方から取り囲まれ万事休す。名を問う敵将にも「死に行く身に名など無用。疾くこの首を討て」と返し潔く斬られる忠度(死後、箙から歌の綴りが出てくるエピもあり)。

岬へ着いた敦盛は、沖の船に追いつくべく馬を海に入れるも、波打ち際より自分を呼び止める声に思わず振り返り、挙句に熊谷直実の「呼びかけられて逃げるは卑怯なり、潔く勝負したまえ。敵に後ろを見せるは平家の習いか!」との挑発に乗せられて引き返すことに。馬上で二三度刀を交えた後、馬を降り組み合いになるものの、すぐに組み伏せられる敦盛。

が、相手がまだ子供で、我が子直家と同年の17歳と知った直実は、急に態度を変え逃がそうとしますが、そこに源氏の同輩が近づいて来ていたこともあり、既に覚悟を定めた敦盛は「そなたは九郎殿の家来か?」と問い、「同じ命を捨つるのなら、九郎殿のご家来に討たるること、いささか本望」と手を合わせ、直実もやむなく太刀を振り下ろします。

合戦が終り一ノ谷の義経の陣に梶原景時が来訪。
輪田ノ岬への一番乗りの祝を述べると共に、三種の神器のありかを尋ねますが、義経から奪還失敗の報告を聞くや、これみよがしに失策をあげつらう景時。
「お味方の勝利は鵯越の奇襲により敵陣を分断したがゆえで、この戦、九郎殿こそ武勲第一と思われますぞ」との土肥実平らのとりなしの言葉も、「それをお決めになるのは頼朝様じゃ!」と言い放つ景時の前には何の援護にもならず…。

次に熊谷直実が討ち取った首を手に義経の前に参上。
その首を見て驚きを露にする義経。

直実はこの公達がついに名を明かさず、ただ「九郎殿のご家来に打たれるならば本望」とのみ言い残したことを義経に伝え、改めて公達の名を問うと、「平敦盛殿じゃ。戦より恋の似合う公達であった…」と先だっての京での邂逅に思いを馳せる義経。

直実はその場で形見の笛と敦盛が着ていた鎧直垂の下賜を願い出て、「お手柄の証として何よりの品」との言葉もかけられますが、当の直実は神妙な面持ちで「敦盛殿の父君に是非とも送って差し上げたい」と。

一方、屋島へ引き上げる平家の船団の一つには、通盛の死に打ち沈む小宰相の姿も。
乳母がうっかり眠り込んでいる隙に船端へと出た小宰相は、夫の後を慕い暗闇の海へ身投げ。飛び込んだ水の音でようやく目が覚めた乳母が絶叫し、これを聞きつけた教経がすぐに助け上げさせるも、既に息絶えた後で…。せめてもと通盛の着替えの鎧を亡骸に着せ、「親子三人で暮らしていただくのじゃ。千尋の底までは誰も邪魔しには参るまい」と再び海へ沈めさせる教経。

そして、一ノ谷の合戦からしばらく後、経盛の館に亡き敦盛の形見の品が届けられ、熊谷の心遣いに深い感銘を覚える経盛。
「敦盛、情けある武士に討たれしこと、さだめし本望であろう…」
再び手許に戻った青葉の笛を手にしつつ、経盛はひと時、在りし日の我が子に思いを馳せるのでした。



ということで、平家ふぁんには涙なしでは見られない珠玉の2話。
通盛、知章、経正、忠度と一門の公達が次々に倒れて行くシーンは、スローモーションの効果もあって儚さが倍増。

忠度の豪傑らしい最期も印象的ですし、通盛は一旦優勢に立ちながら、止めを刺すための腰刀の鞘が抜けず、その隙に逆に討たれるという少々おマヌケな形でしたが(汗)、最後に「小宰相…」と言って事切れる様はやはり哀れなことこの上もなし。また、知章至っては、これが最初で最後の登場だったのですが、父や一門のことを思い我が身を犠牲にする健気さは否が応にも胸を打ちますよね。

ただ、意外だったのは、これまで何かと出番の多かった経正がやけにあっさりと自害してしまったことでしょうか。それまでに臨終シーンが続いたこともあり、既に奮戦し尽くした後といった場面からフレームイン。いきなり利き腕を射られ、「この腕はもはや琵琶を奏でることも…(できまい)」とあえなく自刃。琵琶が弾けなければ生きてる意味がない…というのは、いかにも経正らしいとも言えますが、少しは父上や弟のことも思ってやっても…(-_-;)

それはさておき、今回のメインディッシュは何と言っても敦盛エピでしょうね。
元々、敦盛にはさほど思い入れのない私も、熊谷や経盛といったレンズを通して見ると自然に涙腺が緩んでしまって…(/_;)

源平物でこの話は絶対に外してはならん!と再確認。
京での無理やりな義経との邂逅も、このクライマックスのためと思えば十分許容範囲でしょう。
本来は敦盛の首実験をするのは重衡の役目ですが、それが義経と摩り替わった所で、別に大きな齟齬を来たすわけでもなく、また、義経に世の無常をより真実味をもって考えさせるのにも一役買ってますし…。


そして、一ノ谷と言えば、忘れちゃいけない重衡生捕(爆)。
お約束の乳母子の守長(盛長)も登場するには登場しましたが、重衡落馬でアタフタ顔、次に追っ手の来襲に「アーッ!」と叫んだだけで即退場…と実に小者らしい扱い(汗)。
しかし、いつも思うのは、相手がそれなりの武将と見れば誰彼なしに首を討ち取ることに躍起になる乱戦の中で、なぜ重衡だけが生け捕りという形になったのか…。

安徳天皇の外伯父という立場にあることから、事前に「討ち取り禁止」「生け捕り」が厳命されていたか、相手の敵将(原典では梶原景季)に感じ入る所があり(元から顔見知りだったとか)、討ち取るのは忍びないと思い投降を勧めたか、はたまた重衡も思う所あって自ら進んで投降したか…。
その後の展開も睨むと考えられるのはこの辺りだろうと思われるのですが、どれも今ひとつピンと来ないのですよね。

何せ一ノ谷で討たれたどの将よりも価値の高い大将首。
少々の禁令では抜け駆けしようとする者もあるでしょうし、投降して来ても「手柄第一」、そんなのは無視して「討ち取ってしまえ!」となっても不思議でなく…。

重衡が生け捕りというごく稀に見る結果になったのは、ある意味ほとんど奇跡に近いことだったのではないか…、でなければ、よほどしっかりしたシナリオがあらかじめ用意されていたのではないか…などと考えるのは、重衡ふぁんの単なる妄想に過ぎないでしょうか… (^_^;)
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by kiratemari | 2007-07-13 18:52 | テレビ | Trackback | Comments(4)
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Commented by えりか at 2007-07-15 22:09 x
手鞠さん、今晩は♪

 先日は拙掲示板にお見舞いをありがとうございました。体調は良くなりつつあるのですが、明後日病院で診察を受けてくることにしました。なので緊張しています。

 …と、私事はこのくらいにして、久しぶりの人形劇平家物語のレビュー、楽しく読ませて頂きました。

 一ノ谷合戦、内容盛りだくさんですね。特に、敦盛討ち死には本当にはずせないエピソードですよね。一昨年の大河ドラマでもきちんと描いて欲しかったです。このドラマでは、義経と敦盛の関わりも描いていたので、よけいに感動的ですよね。

 小宰相身投げのエピソードに教経が関わっていたことはすっかり忘れていました。このドラマでの教経はちょっとアクガ強いですけれど、このときのせりふからは、兄の通盛と小宰相をを思いやる優しさが伝わってきますね。
Commented by 手鞠 at 2007-07-16 20:04 x
えりかさん、こんばんは~♪
そうですね。もし何かあっては大変ですし、やはり一度お医者様に診ていただいておく方が…。何もなくてもそれで安心できますからね。

一ノ谷は敦盛&小宰相エピがあって初めて、平家の哀れさが伝わるところがあるので、一昨年の大河でもどうにか取り入れて欲しかったですね。はっきり言って、義仲との関係に力を入れるより、無理やりでも敦盛と出会わせておくべきだした!

教経は全体的にはどうも損な役回りのように思うのですが、小宰相入水直後のこのシーンだけはとても良い人仕様になっています(汗)。明泉寺での通盛と小宰相の最後の逢瀬を邪魔したこともあり、この悲しい結末にはかなりつらいものがあったでしょうし。
Commented by nekonezumiiro at 2018-10-09 22:07
 手鞠さんこんばんは。こちらにも失礼します。
 この人形劇オープニング映像後半。丸い大きな母衣(ほろ)を背負って現れ、激しく斬り合う二騎の武者・・・直実と敦盛の逸話を題材とした、室町時代から明治期くらいまでの屏風絵や版画がモデルでしょうか。二人の名はラン科の花に冠されていたりもしますね。
*本編の合戦シーンに母衣武者は登場していません。
Commented by 手鞠 at 2018-10-26 17:17 x
nekonezumiiroさん、
返信が遅くなりどうもすみません。

実は諸事情により人形劇の録画DVDが手許になく、映像を確認することができないままでして。

母衣を背負った武者と言えば、やはり敦盛&直実のエピソードが思い浮かびますね。
ラン科の花はアツモリソウとクマガイソウですね。
以前、六甲山の高山植物園で見る機会がありましたが、不思議な造形の花でした。

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