人形劇『平家物語』vol.7 - 28~30話

相変わらずアップのペースが全然上がりませんが、第3部「乱」の続きです (^_^;)



 
【第3部・乱】

第28話-六波羅焼亡

比叡山延暦寺を味方につけるべく覚明が旅立った後、義仲の側には負傷した葵に代わり山吹が常に侍るようになり、その山吹が上洛の際には未だ寝たきりの葵をここに(近江)預けて行っては…と進言。巴がこれに反対して少々険悪なムードになりますが、義仲は面倒臭げに「葵の好きにさせろ!」の一言。

思わぬ足止めに、すっかり暇を持て余し酒色に耽る義仲に、巴はそれも諫めると共に、山吹の存在に疑いの目を向け、葵を殺そうとした半弓使いの女兵こそ山吹ではないかと訴えます。が、あまり深く物事を考える質でない義仲は、証拠がないと端から取り合おうとせず…。

三角関係から四角関係(?)になったのと、葵が怪我をして急に毒気がなくなったこともあって、ようやく巴の存在感が現れて来たという感じ。結局「女」を武器に心を繋ぎ止めるしかない葵や山吹に対し、「私は女というよりも、男勝りの妹なのです」という巴の言葉には少し悲しいものもありますが、それでも幼い頃から共に育ち、長く側近くで積み重ねて来た時間は別格。また、巴自身にも自分の方が優位との意識があるからこそ、「殿はまだ女の心がおわかりにならないのかも…」と客観的に分析してみせる余裕もあるのでしょうしね。

それはさておき、叡山に単身乗り込んだ覚明の方は、散々待ちぼうけを食わされた挙句にようやく天台座主・明雲への目通りが叶い、牒状を差し出します。が、これまでの平家との関係もあってすぐに結論は出せないと明雲。ならばと、覚明は山門の僧侶らを講堂に集め、自ら牒状を読み聞かせ同意を求めます。

牒状の中身は『平家物語』巻7「木曽山門牒状」にあるのとほぼ同じですが、このようにわざわざ覚明が叡山まで出向いて行って、大演説を行ったということはさすがになかったでしょうね。しかし「保元」を「ほうがん」と読んだのはご愛嬌? (~_~;)

その頃、京の平家でも一門が雁首そろえて義仲対策を検討。
知盛と重衡が瀬田、教経が丹波路、頼盛が山科に陣を張ることで落ち着きますが、改めて倶利伽羅峠の惨敗を詫びる維盛に「今さら謝られても…」と教経が返したことから双方にらみ合いとなったり、「鎌倉の頼朝に和議の仲介を頼んでは?」と発言した頼盛に「池殿はさほどに鎌倉とお親しいのか?」と知盛が当てこすりを言ったり…と、一枚岩ではない平家一門の不安や、これらを束ねる棟梁・宗盛の指導力不足も露呈することに…。

ここで能登守・教経が初登場です。が、いきなり維盛にイヤミを言うヒール役(?)。しかも、この緊急時に父教盛・兄通盛を差し置いて門脇一家の代表のように一人参加しているのはどうも合点が参りませぬ (-_-;)
また、知盛も何だか妙に器の小さい凡夫のようで…。宗盛の優柔不断さもさることながら、こんな身勝手なことばかり言い合う弟や一門に囲まれては、少々お気の毒な面もなきにしもあらず…。

そんな中で、一人冷静な時忠が叡山の動きにも警戒の目を向けますが、「叡山は平家代々の氏寺」とその信頼に何の揺らぎも覚えない一同。それでも「いちおう念を押しておくべき」という話になり、経正が使者として派遣されます。が、時既に遅く、叡山では覚明の大演説が功を奏して義仲に同心と決した後でした。

いわゆる「平家山門連署」は、比叡山延暦寺の建立を発願したのは桓武天皇(開祖は伝教大師最澄)だから、その子孫である桓武平氏がこれを敬わないわけがない…といった内容だったようですが、一頃は、安芸厳島大明神こそ平家の氏神と公言していたこともあったのですから、何とも虫の良い話で…。

山門から事実上の絶縁状を叩きつけられ愕然となる平家一門。
「叡山と結びついた義仲軍を都で迎え撃つのは不利」と薩摩守・忠度が発言し、時忠も一旦西国へ落ち、陣を立て直すのが最善の方策と提案。宗盛は法住寺殿へ赴き、主上と院を伴い西国へ落ちるべきかどうかの裁可を仰ぎ、法皇も「共に難を逃れようぞ」とこれを了承します。

しかし「平家一門揃って西国落ち」との通達は徹底されないまま、そのことを噂で知った山科の陣の頼盛は「我らは置き去りか!」と激しく憤り、「あやつらの思惑通り平家を裏切って源氏に乗り換えてやる!」と発言するものの郎党に諫められ、とりあえずその場は思い留まるという一幕も。

とにもかくにも、こうして平家一門はその栄華の象徴・六波羅に火を掛け、京の都を後にします。



第29話-平家都落ち

平家の都落ちにもどこ吹く風と京に居残っている朱鼻の伴卜の許に金売り吉次が来訪。互いの腹の内は隠しつつ、混沌としてきた世の時流を見極めるため情報交換を約束し合います。

さて、ここから『平家物語』でも有名な3つの別れのエピソードが登場。
まず最初が維盛と妻子の別れ。自分たちも一緒に連れて行って欲しいと懇願する妻子達にも、人を殺し合う戦場に連れて行きたくないとこれを退ける維盛。一度は自分のことは忘れ、誰かに再嫁して子供たちを育てるよう諭すことも試みましたが、嘆き悲しむ妻のいじらしさに、「いずれかに落ち着いたら必ず迎えを寄越す」と言い置いて旅立ちます。

ところで、ここで維盛の息子の名前に「五代の君」というテロップが。「えー!?」と思い、吉川英治氏の原作本を確認した所、普通に「六代丸」となっていますし、これはいったいどこをどう間違えたのやら…(ちなみに「五代」は維盛の幼名と推測する向きもありますが)。

続きまして2つ目の別れは経正と御室・守覚法親王で、以前、法親王から賜った琵琶の名器「青山」を返上するため仁和寺へ参上。守覚法親王は後白河法皇の皇子で(以仁王の同母兄)、経正は元服前に稚児として仕え(そこに男色関係なども推測されるわけですが)、その頃にこの「青山」を授けられたという話です。ここまで何かと登場機会の多かった経正のことですから、このエピソードはやるだろうとは思っていましたが、やはりその予想に違わず…。

そして、3つ目が薩摩守忠度と歌人・藤原俊成。
後に「千載和歌集」に「詠み人知らず」として収められる和歌
「さざなみや 志賀の都はあれにしを むかしながらの 山ざくらかな」
を含む自らの歌集を託して立ち去ります。
なお、ここに西行法師が居合わせるですが、これはもちろん原作にもない人形劇オリジナルです (^_^;)

こうして、三者三様の別れが展開した後、その感傷に浸る間もなく重大事が発生!
いざ法皇をお迎えに…と宗盛が参上した所、法住寺殿はもぬけの殻。頭を抱え蒼然となる宗盛をよそに、まんまと平家の手の内から逃れた法皇は義仲のいる叡山ではなく、ひとまず鞍馬寺を目指します。

さらに、頼盛の裏切りを未然に防ぐため、時忠が監視役を同行させたことが却って仇となり、頼盛はついに堪忍袋の緒が切れ、監視役と斬り結んだ挙句、京への引き返しを断行。この裏切り行為に激怒し「お首を頂戴して参る!」と息巻く知盛にも、「いくら心変わりしても平家一門に変わりない」と宗盛は必死にこれをなだめ、そんな宗盛の人の良さに業を煮やし「これだから池殿が勝手な真似をなされた」と捲くし立てる知盛。そして、二人の兄の言い争いを複雑な思いで黙って見守る重衡。

武闘派・知盛vs穏健派・宗盛のぶつかり合い。
双方共その言い分はもっともなのですが、この人形劇の描き方では、知盛の心無い言葉の数々も頼盛変心の一因になっているようでもあり、どちらかと言えば宗盛に感情移入してしまいがち。とにかくここまでの所は、宗盛も押し出しは弱いけれど良識ある中々の好人物に見えて、その分、周りの理解のなさが気の毒で仕方ないという気になってしまいます。



第30話-義仲上洛

ひとまず福原へ入った平家一門でしたが、頼盛の裏切りや法皇の離反への憤懣に始まり、当面の落ち着き先として大宰府を選んだことにも、「都から遠すぎる」、「そこまで落ちては兵達の士気にも関わる」などと知盛以下の面々より宗盛は激しい突き上げを受け、「だったらどこならいいのか! 安芸か? 周防か? 長門か?」と尋ねれば「そのように優柔不断では」とやり返される始末。見かねた母二位殿の取り成しでどうにかその場は収められますが…。

いやあ、やたらと声を裏返しながら意見する資盛には、思わず「地味路線の君がこんな所で目立つなよ…」と突っ込んでしまいました(汗)。宗盛と同母兄弟の知盛・重衡はともかく、甥の維盛・資盛、従兄弟の教経らは年齢的に見ても宗盛より10歳以上年下ですし、それがここまで言いたい放題なのはちょっと意外ですね。

もっとも、この後、下々の雑仕達に宗盛が大いに慕われる姿を見せられて、知盛らも態度を改めることになるので、そこでの感慨を深めるために、わざと宗盛をドーンと落としておこうとの意図があってのことでしょうが…。

なお、平家はこの後福原にも火を掛け西海へ船出しますが、その直前に管弦の宴を催し、そこで敦盛も笛役で初登場を飾っています。


それはさておき、一方、鞍馬に身を寄せた法皇は、駆けつけて来た関白基房からの「ここも都に近すぎて危険」との進言に従い、比叡山・東塔へ移ることに。到着早々、明雲座主を仲介役に義仲が法皇への拝謁を願い出ますが、「道理を弁えぬ田舎者」と基房に退けられ、そのことを知った義仲は怒り心頭。そして、それが「御所のしきたり」と宥めながら、腹の内では「しめしめ」と思っていそうな非常にわかりやすいリアクションの行家。

ここでトンデモないNGが発生!
基房が未だに関白ってどういうことですか?
治承3年のクーデターで摂関の座から追い落とされた上に流罪となり、出家までしてしまっていましたから、この頃は既に召還されていたとはいえ、自身の政界復帰の可能性はゼロ。そこで代わりに我が子師家に摂関奪取の夢を託し、義仲に近づくことでその活路を見出す…というのが史実の基房さんなのですが…。要は甥の近衛基通や弟の九条兼実を出すとややこしくなるので、お公家部門は大幅なリストラを敢行して意地でも基房一人で通そうとの魂胆か?


閑話休題。
同じ頃、琵琶湖畔の豪族の館に逗留していた葵の前に、またまた出てきました!スーパー麻鳥先生が登場(笑)。一応、例の竹生島の禰宜の叔父との関係から往診を頼まれたみたいですが、一目見ただけで半弓による矢傷で、鏃の先に毒が塗ってあったことまで診立てる相変わらずのエスパーぶり(汗)。

おとなしく養生していればいずれ身体の力も戻るが、無理をして動けば命の保証はできないとの警告にも、葵はあえてそれを無視して、病身にも関わらず甲冑姿で馬に跨り義仲上洛の列に加わります。

半弓と知って葵も山吹の仕業と察知。合流するや早速そのことで山吹を問い詰めますが、案の定「確かな証拠があるのか」の逃げ口上。そして、そんな二人の遣り取りを一部始終見守っていた巴も含め、義仲をめぐる女達の戦いは舞台を都に移して、またあらたな展開を迎えることとなります。

かくして、法皇の帰洛から一日遅れで、いよいよ念願の上洛を果たし、華々しく都大路を練り歩いた義仲軍でしたが、四条河原でタムロする先乗りの兵と行き会い、「上洛一番乗り」ではなかったショックに呆然。上洛するに当たり民衆を驚かそうと、「軍を二手に分け南と北から時を合わせて同時に入京しては?」との行家のプランに乗ったのが間違いの元。狡猾な行家にまんまと出し抜かれた…とまあ、少々漫画チックなオチなのですけど…。

『玉葉』寿永2年7月28日条にも「今日、義仲行家等、南北ヨリ(義仲北、行家南)入京スト云々」との記録があるので、軍を二手に分けたこと自体はどうやら史実のようです。が、それが行家の姦計であったかどうかまでは…。

ということで、上洛早々ケチをつけられた形の義仲。
しかし、鎌倉の頼朝の思惑通り、ここからが正念場なのですけどね… (^_^;)
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by kiratemari | 2006-10-09 19:48 | テレビ | Trackback | Comments(2)
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Commented by えりか at 2006-10-09 22:09 x
 手鞠さん、今晩は♪

 平家都落ちの際の維盛、経正、忠度のエピソードは、確か「平家物語」を読んだ直後に観た覚えがあるので、すごく感情移入をしてしまったのを思い出しました。やっぱりこの3つのエピソードは欠かせませんよね。

 それにしても、このドラマの宗盛さん、気の強い弟やわがままな甥やいとこたちに言いたい放題言われてお気の毒ですよね。なので、知盛さんと教経さんはちょっとイメージと違っていたのを思い出します。

 そして、すさまじいのは義仲をめぐる女たちのバトルですね。でも、でも……、実は私、あまりよく覚えてないのですよ…。葵さんが最後にどうなるのか気になりますね。次回も楽しみにしています。

追伸・メールを受け取りました。どうもありがとうございました。
Commented by 手鞠 at 2006-10-10 00:51 x
えりかさん、こんばんは~♪
都落ちの3別れエピソードはお約束ネタですよね。そこをハズさず、しっかり取り入れてくれているので、たとえ短い時間でも充実度が違います。

ただ、そんな中でも知盛と教経は今の所、印象悪いですね(汗)。人気キャラだけに原典とは違う描き方を目指したのか…。宗盛を愛すべきキャラクターにしているのも、今後の展開を考えると「大丈夫か?」とちょっと心配になりますし…。

義仲をめぐる女三人のバトルは原作にもありますが、吉川氏はよほど義仲好きだったのでしょうね。ここまででもまだ第3部の半分、ペース配分にかなりのムラがあると思うのですけど…。

P.S. メールの件、お粗末様でした。今後は気をつけますね。

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