想夫恋・小督― vol.5 笛吹童子は何者ぞ?

これまで小督、高倉天皇、藤原隆房と見て来ましたが、あともう一人、忘れてはならない人が…。
小督を探して三千里(笑)…の 弾正少弼・源仲国。

『平家物語』から発展した謡曲(能)「小督」では、主役に当たる「シテ」に据えられているこの方のことも、少し見ておくことにしましょう。



 
小督・高倉天皇・隆房が実在する人物であり、その人間模様も史実としておよそ確認できることは、これまでの vol.2vol.3vol.4 で見て来た通りですが、この章の中盤、小督を探し求めて仲国が嵯峨野へと向かうくだりは、その描写があまりに王朝文学的であるがゆえに、実在性が希薄で、完全な虚構のような印象も受けます。

だいたい源仲国なる人物は実在したのか…?
これが…、いちおう歴史上にその存在は認められるのですよね。

【源仲国】
宇多源氏・源光遠の子で、母は平宗盛室・平清子の乳母。
備前守、若狭守、伊勢守、木工権頭、刑部大輔などを歴任し、彼の妻が丹後局の縁者だったこともあって、後白河法皇の側近くに仕え、法皇崩御の際には、ごく内輪の人間にのみ与えられる素服(喪服)も賜っているようです。
が、その後、亡き法皇の「託宣」を詐称(?)する事件を起こして、妻ともども追放の処分を受けたものの、しばらくして許され、召還されて後は、再び後鳥羽上皇の近臣に返り咲いて重用されたとのだとか…。

こうして見ると、やけに胡散臭そうな気配も漂いますが、果たして、この仲国が本当に「小督」に出てくるあの仲国なのか…。

彼の官歴を見渡しても、『平家物語』で肩書きとして挙がっている「弾正少弼」という役職は出て来ません。これについては、彼の弟に「弾正弼」を勤めた「源仲章」がいて、その弟と混同されているのでは?との見方もあるようですが、それ以前の問題として、仲国にしても弟の仲章にしても、笛の名手として知られた形跡がまるでないのですよね。

小督説話の肝は何と言っても「笛」と「琴」が織り成すハーモニー(笑)。
よって、笛の吹けない仲国は仲国でありえるわけがなく…。

だったら「当時の笛の名人って誰?」と視点を変えてみると、一人それらしい人物が浮上。その人の名は「藤原実国」。

転法輪三条流・藤原公教の二男で、「滋野井家」の祖に当たる人物ですが、『尊卑分脉』を見ると「高倉院御笛師」との註釈が。

それを裏付けるかのように『玉葉』安元元年閏9月20日条によれば、高倉天皇の御前で内々に 実国が笛・隆房が笙・九条兼実が琵琶を弾く豪華セッションが行われたのだとか。もしこの実国がイコール仲国であったなら、小督に関わる因縁の三人が、図らずも一同に会していたことになるのですよね(時期的に見てこの頃はまだ隆房の恋人だったのかな?)。

しかも、実国は天皇の笛の師であるばかりでなく、彼の妻が隆房の叔母(父隆季の姉妹)でしたから、双方どちらとも縁をもち、小督をめぐる三角関係を最も身近にしていた可能性の高い立場の人物。きわめつきは、高倉上皇の死後、既に出家していた小督に実国が歌を送った…なんて事実もあるらしく、他ならぬ小督本人ともそれなりの交流があったと見て間違いなし…と来ると、これ以上の適任者は他にいない気が…。

とはいえ、この 実国=仲国 と見る説は、上横手雅敬著『平家物語の虚構と真実』(上巻:五-小督)に挙げられているものながら、その中でも、実国自身が物語中の仲国のように、高倉天皇の命を受けて嵯峨野へと赴いた可能性については、彼の身分も考慮して否定的で、また、小督が最初は「大原で出家を…」と言いながら、実際に出家した後の住まいは嵯峨野だったという矛盾も踏まえ、『源氏物語』などの影響を受けた創作であろうと結んでいます。

が、創作は創作として、ならば「仲国」という名はどこから来たのか…。
上横手氏は同じ院近臣で、実国の子・公時の家人筋にも当たる「橘兼仲」の名を挙げ(彼も「法皇の託宣」騒ぎを起こして流罪になっています)、この兼と実を組み合わせて「仲国」と命名しつつ、実在する仲国その人と完全には一致しないように、わざと弟仲章の職・弾正大弼をもじったのではないかとしています。

ところで、その源仲章ですが、彼はどういう経緯によるものか、在京の幕府情報連絡役を務めていて、その後鎌倉へと下り、三代将軍・源実朝の侍読となっています。そして、建保7年(1219)1月27日、鶴岡八幡宮で実朝が暗殺された際、本来、北条義時が勤めるはずだった前駆の役目を代行して、実朝と共に斬殺の憂き目に遭っている、歴史的に見ると兄の仲国よりも遥かに有名人なのですよ。

と、そこで、ふと思ったのは、成立当時の人々がこの「小督」の物語を鑑賞する時、「笛の名手」と聞けば「藤原実国」を、「弾正少弼・源仲国」と聞けば「弾正大弼・源仲章」を思い浮かべたのではないかと…。

実国は源平争乱の只中の寿永2年に40代半ばで他界し、仲章も前述のような非業の最期を遂げていますから、あるいは、この二人の早すぎた死に哀悼の意味も込めて、また、後世に何らかの形でその名を残したいと考えて、両者を想起する「仲国」という名にしたのではないかという気もします。裏を返せば、実在の仲国自身は当時の人々の間では非常に影が薄く、その名を聞いても、当の本人を思い起こす人はあまりいなかった…なんてね?(笑)

いや、これはあくまでも私個人の妄想ですので、間に受けないでいただきたいのですが…(汗)。

それと妄想ついでにもう一つ。
先ほど『源氏物語』の影響うんぬんということを少し書きましたが、小督・隆房・高倉天皇の三角関係って、どこか『源氏物語』の浮舟の話と似通っているような気がするのですよね。

薫(隆房)という恋人(?)がいながら、匂の宮(高倉天皇)にも惹かれ、その二つの恋の板挟みに苦しみ抜いて、挙句に出家という道を選んだ浮舟(小督)。

『源氏物語』といえば、当時の中流以上の貴族のお姫様には憧れの書だったでしょうし、虚構とはいえ、そこに描かれた世界観は、現実世界にも大きく投影されていたのではないかと…。

才女の誉れ高い小督なら『源氏物語』を読んでいても何ら不思議ではなく、二人の男性に翻弄されることになって、「私って浮舟みたい…」と自らの境遇を悲劇のヒロインに重ね合わせて見ていたということも…。

謎とされている小督の出家の理由って、案外、「浮舟のようになってしまったから、こうなったら彼女みたいに出家するしかない!」と、真剣に思い詰めた末のことだったのではないかと…、ふと、そんなことを思ってしまいました(爆)。



ということで、最後にまた不毛な妄想へと足を突っ込んでしまい、全然まとまりのない結びになってしまいましたが、5回にわたりお送りしてきた小督特集も本編としてはこれにて終了!

甚だ主観的な妄想もかなり入り乱れたものになってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。m(__)m

後は、参考文献などをざっとご紹介する記事に、そもそもこの特集を組むきっかけとなった宝塚の舞台『想夫恋』の観劇レポをもって、めでたく(?)完結となる予定です。
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by kiratemari | 2006-02-10 20:11 | 歴史語り | Trackback | Comments(2)
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Commented by ともp at 2006-02-11 08:19 x
手鞠様、おはようございます。
いよいよ仲国の登場ですね。上横手先生の御本、読んでいたのにすっかり内容を忘れていました。手鞠様の記事を読みながら、「そうそう、この人仲章のお兄さんだったんだ…」と思い出しました。。
最近では、実朝暗殺事件について、後鳥羽上皇と実朝の接近を快く思わなかった鎌倉方が最初から実朝と仲章の暗殺をねらったものという説もでてきたようで、仲章はかなりの重要人物ですよね。
手鞠様のおっしゃるように、彼に縁のある人物が彼の死を痛み、とはいうものの鎌倉方に対する遠慮からその名をおおやけにするわけにもいかず、このような形でひっそりと追悼の意を表したのかもしれません。
とにかく、この時代、誰と誰が親子、兄弟、親戚か、しっかり頭にいれていないと本当にこんがらがってきてしまいます。
とは、いうものの、この辺のどろどろが結構おもしろいので、去年の大河では、もうちょっと法皇様の側近を増やして、この辺のどろどろを描いてほしかったとつくづく思っております。

宝塚の観劇レポ、楽しみにしております。どんなものであれ、あの時代を取り上げていただけるのはうれしいです。
Commented by 手鞠 at 2006-02-12 16:41 x
ともpさま、こんにちは~♪
私も鎌倉の方はまだまだ不勉強なもので、北条義時が身代わり(?)で命拾いした事実は知っていても、その犠牲者が源仲章という名前だったことすら、実は認識していませんでした(汗)。
この時代は思わぬ所で親族関係が繋がっていて(特に母方とか)、それが様々な大事件にも絡んで来るので本当奥が深いですよね。今回の特集によって新たな発見もありましたし、特に藤原隆房という人物はいろんな意味で、この時代のキーマンだったのではないか?という気がしましたね。

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