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壇ノ浦前夜―『義経』vol.34「妹への密書」

今回のメインは、実は残り2分半の「予告編」だったというオチですか? あれで中身への突っ込みも、感想も、何もかも吹っ飛ばしてくれたような…(笑)。

近頃は前説もそうですが、早々にネタばらしをしてくれるので、見る前からあらかた先が読めてしまい(これがまた、ほとんど読みどおりでハズレないし…)、本編への興味がぐっと薄れるんですよね。おかげで、重箱の隅を突くような、アラ捜し的な見方にもなってしまうわけで… (^^;)

前景気を煽るのも結構ですが、もうちょっと、前説&予告の構成には、気を配って欲しいものです(せめて「寸止め」でお願いしたい!)。



 
で、その予告編(笑)の「前座」と化した今回の本編は、
  その一 お題にある 【義経兄から能子妹へのラブメール】
  その二 「やっぱりやるのね~(-_-;)」 の 【トンデモ大作戦ご披露】
 の完全オリジナル二本立て。

が、その前に、決戦を目前にしての主な水軍の動向を少し確認しておきますと、

■源氏方、
   伊予(河野通信)・・・・・早くから源氏方に参戦
   阿波(田口教能)・・・・・平家→源氏(伊勢三郎が説得)
   熊野(別当湛増)・・・・・平家→源氏(弁慶が説得)
   周防(船所正利)・・・・・今回初登場で平家→源氏へ
 ※次週は、範頼に従っていた「三浦水軍」も合流の予定

■平家方は
   筑後・山鹿党
   筑前・松浦党 など

ただし、阿波水軍については、この時点で源氏方に下ったのは田口教能の率いる勢のみで、大元締め・阿波民部重能は依然として平家方にあり、壇ノ浦の合戦の最中に源氏方へ寝返ることになるのですが…、当の重能は未だに登場しませんね。
河野通信も出て来ていませんし、そうかと思えば、知名度の低い船所正利は出してくるし…、どうもよくわからない人選です。

さて、この他に、京の女三人の仲良しごっことか、お徳婆のどこでもドアー(笑)なんかもありましたが、どうもこの辺は突っ込む気もおきないので、ひとまずスルーさせていただきますけど、一点だけ。
義経軍の兵に取り囲まれ、尋問を受けたお徳婆でしたが、もし、これが平家方に行き逢っていたとしたら、今度は「尼御前さまと知り合いどすのや~」とか言って、うまくごまかしていたのでしょうね (-_-;)


ということで、本題2本の1つ、まずは、義経メール(笑)の件から片付けて行きますと、能子について、今回初めて「廊の御方」という呼称が出てきましたね(しかし、いきなり「廊の御方」=「義経の妹」で次郎にまで通じてしまっているのは、何ともはや…)。

『平家物語』には「常葉が腹に一人、是は花山院殿に、上臈の女房にて、廊の御方とぞ申しける」とあり、さらに『源平盛衰記』では、「和琴の上手」「類なき手書」といった説明も加えられています。

が、「廊の御方」という呼称は、壇ノ浦から京に戻って後、花山院殿(藤原兼雅)に仕える女房になってからの候名と目され(三条殿とも)、平家に付き従っていたこの時点では、まだそのようには呼ばれていなかったものと思われますし、また、内裏の右筆を務めていた…というのにも、どうも疑問が???

というのも、この時代の公文書は「真名書き」=「漢文体」。
「男=真名」、「女=仮名」が基本だった時代に、いくら筆の上手と言っても、内裏の右筆を女性が務めるというのは、ちょっと考えられないように思うのですよね。

まあ、ここで言う「内裏」が、京の朝廷ではなく、安徳天皇の「出張内裏(?)」なのであれば、人手不足のため、やむなく…と受け取れなくもないですが…(でも、貴族的な平家一門であれば、そういう人材には事欠かなかったでしょうしね…)。

まあ、それはともかく、相変わらず平家方のセキュリティーはなってませんね。いかにもトロそうな(失礼)喜三太が、簡単に忍び込めてしまうのですから…(笑)。能子も能子で、あんな端近で無防備にうたた寝なんぞしてますし…(汗)。最終決戦が間近に迫っているとは思えない悠長さ。あの調子なら、もう少し計画を練れば、密かに三種の神器を盗み出す…なんてことも、そう難しくないような… (^^;)

で、義経が書いたお手紙ですが、中身はともかく、やたらと「候(そうろう)」が耳について気になりました。書簡の変遷としては、この「候」がよく用いられるようになったのは、鎌倉時代以後のことだそうですけど…(口語としては、結構、使われていたようですが)。『平家物語』にも、いくつか書簡形式の文章が載っていますので、一度、ご覧になってみてはいかが?

それにしても、能子があそこまで義経を慕うのは、よっぽど、領子にいじめられていたということですかね?(そう見えない私の感覚がおかしいのか?)

能子が生まれた当時、7歳位だった義経が(ドラマ内の話として)妹のことを覚えていて、深い感慨を抱くのは、まあ、よしとしても、当の能子からすれば、いくら母親が同じとはいえ、まるで記憶にない存在のはず。しかも、他ならぬ自分達を追い詰めている敵の大将なのですから、果たして、そんな無条件に信用できるものでしょうか?(兄上といえば、宗盛や知盛などもそうですし)

ここは、領子に苛めに苛め抜かれて、常日頃から「平家から逃げ出したい!」と思っていそうなシチュエーションでも見せておいてくれないと、どうも納得しかねるのですよ(いや、あれでもそのつもりなのかな~?)。

ところで、史実に見る「廊の御方」は、壇ノ浦で生け捕りにされ、帰洛後は、先述の通り、大臣家の一つ「花山院家」に女房として仕えたようですが、これは、兼雅の正室が異母姉(清盛女)であったこと、また、一説に、知盛室の治部卿局(ドラマでは明子)が、花山院忠雅女、つまり、兼雅の姉妹であったと推測されるなど、平家の生き残りが身を寄せやすい環境にあったためと考えられるかと思います。

が、後に、この女性は姉婿の兼雅と通じて、姫君を一人生んだとも伝えられており(源平盛衰記)、これが事実とすると、正妻の異母姉にとっては、皮肉なめぐり合わせと言うほかありませんが…。

と、まあ、ここまで書いておいて、急に水を差すようなことを書くのもなんですが、この「廊の御方」という女性、実は『平家物語』や『源平盛衰記』などの、史料としては少々信憑性の劣る書物でしか確認できないことから、現在では、存在そのものを疑う向きもあり、あるいは『平治物語』などとの絡みで、後人によって生み出された創造上の産物の可能性もあることも、一応付け加えておきますね。


ということで、お次は、問題の安徳天皇と守貞親王の「お取替え大作戦」。
原作の宮尾本がそのようになっていることは、放送前から知ってはいましたが、まさか、本当にドラマでやってしまうとは…(-_-;)
別の意味で「勇気あるな…」とも思わなくはありませんが、それにしても、やはり、これは無謀な選択でしょう。

不幸にも、身代わりを務めさせられることになった守貞親王は、故高倉天皇と藤原殖子(信隆女)との間に生まれた皇子で、後鳥羽天皇の同母兄。安徳天皇とは1歳違いと言っても、実質的にはわずか3ヶ月ほどの差ですから、背格好が似ていても不思議はありませんが、そう言う割には、映像を見る限り、お顔はともかく、守貞親王の方が一回りは小さく見えますけど…。

この守貞親王の外祖父に当たる藤原信隆は、清盛女(母は時子ではない)を正室に迎えているので、平家とまるで無縁とも言えないのですが、殖子の母はその清盛女ではありませんからね。この親王様を一門の内に数えるのは、虫の良すぎる身勝手な解釈でしょう。
「安徳帝の血筋を後世に残すため」というのも体の良い言い訳で、所詮は、自分の孫可愛さゆえの祖母バカ。滅びの美学どころか、一気に、執着心丸出しの往生際の悪さを露呈されたような気がします。

とはいえ、安徳天皇の生存を示す伝承が、世に多く残っているのも事実でして、その中で、最も有名なのが、宇佐神宮の大宮司 宇佐公通の子 公仲との入れ替わり説でしょうか。
宇佐公通の妻はどうやら清盛の娘らしく、公仲はこの二人の間に生まれた子。そこで、平家都落ちの後、宇佐神宮に詣でた際に、従兄弟同士に当たるこの二人を取り替えたというのですが、守貞親王に比べれば、この公仲との入れ替わりの方が、まだ、いくらか信憑性があるように思われます。

何しろ、守貞親王は京に帰還すれば、必然的に、祖父の後白河法皇や実母の殖子とも対面することになる身の上。都落ちから二年近くが過ぎているとはいえ、肉親の第六感とかで正体がバレないとも限らず、もし万一身代わりが露見すれば、今上の同母兄を死なせた罪を問われ、今度こそ断罪を免れなくなる可能性すらあるわけですからね。

単に「平家出身の帝の血筋を絶やしたくない」一念での替え玉なら、朝廷との接触が、より少なくて済む境遇を選んだ方が安全だと思うのですが、このドラマの時子さんは、どうもそれ以上のことを求めていらっしゃるのでしょうね。

要は、この後、承久の乱を経て、守貞親王の皇子が帝位に就いて後堀河天皇となり、さらに、孫の四条天皇と、その血筋が皇統に受け継がれるという事実ありきのこのトンデモ設定(しかし、それも、この四条天皇をもって、再び途絶えてしまうのですが…)。
「源氏は三代で滅ぶも、平家は再び返り咲く…」というロマン(?)を求めてのものなのでしょうが…、やはり、無茶苦茶ですよね。

しかも、その守貞親王を乳母として守り育てた明子にとって、これは耐え難い仕打ち。彼女は、この乳母という役目のために、都落ちに際して、幼児の我が子知忠との別れを強いられ、嫡男の知章も一ノ谷で夫知盛を庇って討ち死にと、並み居る平家女性の中でも、特に過酷な運命を背負う女性ですからね。

が、ドラマ内ではそれら全てが黙殺されていますので、この時子の奇想天外なアイデアが、彼女にとっていかに残酷なことか…、また、それを宣告するに至る知盛の葛藤も相当なもののはずなのですが…、例によって、上っ面をなぞっているだけの印象しかなく、そういうつらい心情がイマイチ伝わってこないのは、非常に残念です。

今さら…という言葉も、ほとほと書き飽きましたが、当初から、義経の宿敵として知盛を立てるつもりであったのなら、せめて、この知盛一家に、もう少しスポットを当てた描き方をしてもよかったと思いますね。


かくして、次週はいよいよ「決戦・壇ノ浦」。
あの長大な予告編で、既に「見るべきものは見つ…」の心境ですが(笑)、教経仕様の知盛と義経の一騎打ちに、入水シーンはお子ちゃま攻撃で涙腺が緩むこと必至!と、良くも悪くも、これは見逃せない1回になりそうです (^_^;)
(ただ、ここでお亡くなりになるのが、知盛・資盛・時子&替え玉?だけでは、イマイチ悲劇度は低いかもしれませんが…)

なお、衛星第二放送分は通常22時スタートですが、この第35回については、23時からに変更とのこと。
BS分を視聴・録画予定の方は、くれぐれも、お間違いのなきように!
by kiratemari | 2005-08-30 22:37 | テレビ | Trackback(1) | Comments(9)
Tracked from えりかの平安な日々 at 2005-09-01 13:23
タイトル : 大河ドラマ「義経」第34回&守貞親王
 大河ドラマ「義経」第34回の感想です。  今週もめちゃくちゃな設定がいっぱいで、つっこみ所満載でした。 何よりも、800年前の出来事を現代の視点で描きすぎているような気がします。 では今週はその当たりから書かせていただきますね。  今まで全く目立たなかった河越の姫が、人間的に描かれていたのは良かったと思います。「私も義経殿の様子を知りたい。」なんて、いじらしいではないですか。  それにしても、「私は邸を出ていきます」と言っている静に対して、「そんな必要はありません。一緒に義経殿の留守を守りましょ...... more
Commented by えりか at 2005-08-30 23:24 x
 手鞠さん、今晩は♪

 今週の感想を全く書いていないのですが、誘惑に負けて手鞠さんの感想を読ませていただきました。いつもながらとても勉強になりますし、「そうそう」とうなずくことばかりです。

 義経から能子に送られた密書の場面も、帝と親王のすり替えもめちゃくちゃですよね。特に安徳天皇と守貞親王のすり替えは絶対に無理があると思います。もし後白河天皇や藤原殖子にばれたらどうするのか考えつかなかったくらい、時子さんは気が動転していたのでしょうか…。それとも単に孫が可愛いだけだったのか。このドラマでの時子さんは最後の最後まで愚かで往生際が悪くてがっかりです。

 ところで、守貞親王の系譜は孫の四条天皇で絶えているのですよね。つまり、時子さんが描いていた「安徳天皇の血を後世にまで受け継がせる。」という夢は長続きしなかったわけで…。何はともあれ、来週の壇ノ浦は見逃せないです。

追伸・私の感想は書き上がり次第こちらにTBさせていただきますね。
Commented by ともp at 2005-08-31 13:21 x
手鞠様、こんにちは。
今週の「義経」、手鞠様のおっしゃる通り、すっかり壇ノ浦の前座と化していましたね。24時間テレビと重なるから、視聴率は望めないとあきらめたのでしょうか。

しかし、本当に天皇と親王のすり替えをやってしまうのですね。
宮尾さんの本を読んだときは、本当に唖然としてしまいました。
いくら清盛の孫とはいえ、殺されるおそれなどまったくない安徳天皇を、なぜ二位の尼は入水の道連れにしたのか。これは古来から議論のあるところですが、平家物語のロマンが好きな人間としては、ここは史実とされることに忠実であってほしかったです。

どうしても清盛の血を天皇家に残したいというのなら、もう一人の時子の娘である藤原隆房室の孫の貞子が、北山の准后と呼ばれ、後深草天皇、亀山天皇の祖母として、幸福な人生を送ったことをなぜ書かなかったのか…。
大作家である宮尾さんにこんなことをいうのは失礼の極みなのですが、この方の「クレヲパトラ」を読んだときも、この設定はちょっと…ということが数多くあり、歴史作家としてはどうかなと思わざるをえません。

とはいうものの、いよいよ壇ノ浦、やっぱりとっても楽しみです。
Commented by ともp at 2005-08-31 13:25 x
追伸
「クレヲパトラ」は「クレオパトラ」の間違いです。
申し訳ありません。
Commented by bluecat at 2005-08-31 15:59
私も本放送はビデオ録画していてまだ観ていないのですが、誘惑に負けて(^^ゞ手鞠さんの感想を読ませていただきました。良かった、今回は次回の「前座」だったのですね?!
しかし、やはりおそれていたとおりの壇ノ浦の合戦が用意されているようで・・・安徳帝替え玉トンデモ作戦、決行なんですね、トホホ。
手鞠さんのおっしゃるとおり、同じ替え玉でも守貞親王とでは都に帰ってからのち、バレるのは必定と思われます。
どうせなら、都には帰らなくて生き延びさせる方法をとるはずでしょう・・・そう考えると、何ゆえ二位尼時子は都にそのまま戻っても殺されることはまず無いと思われる、かわいい孫を道連れに入水してしまったのでしょうか?謎は深まります・・・。
Commented by kiratemari at 2005-08-31 20:03
えりかさん、こんばんは。
おっしゃる通り、守貞親王の系譜は子の後堀河天皇、孫の四条天皇で途絶えていますね。この辺は、曖昧のまま書いていたので、後で少し加筆修正しておきます。

それにしても、義経が主人公のドラマで、このすり替え劇って意味あるの?と思ってしまいますね。別に、その後の守貞親王(安徳天皇)がどうなったとか、もはや余命が4年しかない義経には全く関係ない話ですのにね。
Commented by kiratemari at 2005-08-31 20:04
ともpさま、こんばんは。
本当、『平家物語』どおりにやれば、それで十分な話なのに、余計なことをしてくれますよね。潔く散ってこそ、人の心を打つのに…。

おっしゃる通り、北山准后の件のみならず、女系をたどれば、平家の血筋はあちこちに伝わっていますものね。宮尾さんとしては、時子の直系にこだわったのかもしれませんが、いかにフィクションとはいえ、歴史小説である限りは、史実の枠組みを超えない範囲での創作に留めるべきだとは思いますね。
Commented by kiratemari at 2005-08-31 20:05
bluecatさん、こんばんは。
今回もまた未見ですか? 先に読んでしまわれてよろしいのでしょうか?
トンデモ作戦については、とりあえず、時子さまは宣言してしまわれましたが、これが、実現するのかどうか…、予告編を見る限り、実はちょっと怪しいような気もしてきたり…。

確かに、安徳天皇については、たとえ源氏方に捕えられたしても、前天皇である手前、疎略に扱われることはなかったでしょうし、ましてや、命をとられる危険性もなかったでしょうにね。まあ、そこで、実は、これ以前に既にすり替えは実行されていて、証拠隠滅のために、入水という手段を取ったという説もあったりするわけですが…。
Commented by ともp at 2005-09-02 13:16 x
手鞠様こんにちは。
ここに書いてよいか迷ったのですが、「後深草院二条」というサイトの掲示板に、「湛増を山賊のようにかかないで」と言う抗議に対するNHKからの返事のメールが載っていました。
手鞠様が読まれる前に私の感想を書くのは遠慮いたしますが、NHKの大河に対するスタンスがよくわかりました。

サイトの管理人の方が、「メールの公開はやりすぎでは…」と書かれていることもあり、サイトのアドレスを書くのはやめますが、「後深草院二条」で検索すればすぐでてくると思います。

このサイトは、学者さん達がよく書き込んでいらっしゃるので、とても勉強になります。ちょっと前には、「例の熊野牛王印は鎌倉時代はまだカラスではなかった。」と言う投稿もありました。

追伸
このコメントを非公開にするかどうか迷ったのですが、サイトの掲示板では今でも削除されていないので、非公開コメントにするのはやめました。
手鞠様のご判断で、問題があるとお思いでしたら、遠慮なく削除してくださいませ。
お手数おかけして、申し訳ありません。
Commented by kiratemari at 2005-09-02 20:46
ともpさま、こんばんは~♪
件の掲示板、見て参りました。いや~、こういう返事が来ることにも、一種、驚くものがありますが…(汗)。

削除の必要もないかと思うので、このまま返信をつけさせていただきますと、歴史認識について、あれこれ言うのも何ですが、少なくとも制作者サイドは原典の『平家物語』を全く読みもしていないのでは?と感じますね。でないと、どこをどう間違えればあんな湛増ができてしまうのか…。

熊野牛玉宝印にしてもそうですけど、基礎もまるでなってないのに、生兵法で極端にマニアックなことに足を突っ込んで墓穴を掘って、またそのことに、まるで気がついてないのですから…。すっかり裸の王様状態、大の大人のやることではありませんね。

「きらめきの刹那」 別館  花や史跡の探訪記録や源平&時代物ドラマ話など何でもござれの雑記帳


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