カテゴリ:歴史語り( 11 )

時代と共に変わる言葉

先週のことになりますが、以前書いた2005年の大河ドラマ『義経』の こちらの記事 について、次のようなご指摘のコメントをいただきました。

ちなみに問題となっている当方の本文は

この当時には、任官を受けても、目代など代理人を任地に遣わすだけで本人は在京のままという例も多く、実務的には不可能なことでもなかったのですが、そうは言っても「先例第一!」の時代のことですから、ガチガチの超保守派・九条兼実などは、当然のことながら、自著『玉葉』の中で、義経の伊予守と検非違使の兼帯を「未曾有」と非難しており、この掟破りは義経の無知のゆえか、はたまた、法皇の策謀によるものか…、いずれにせよ、頼朝にとっても大きな計算違いだったのかもしれません。


これに対していただいたご指摘は

当時の 「未曾有」 とは、現代のような悪い意味はなく、 「賛嘆すべきこと」 という意味で当時は使われていたため、九条兼実は、日記において、なんと素晴らしいことだろう、と、その出世を賞嘆しているのです。

というものでした。


こうした史料を引用しての記事作成時には特に細心の注意を払っているつもりですが、もし間違った解釈をしていれば訂正しておかないといけませんので、いろいろ史料等を引っ張り出し再度考証してみました。

★長文になりますがよろしければお付き合い下さいませ
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by kiratemari | 2011-10-28 20:10 | 歴史語り | Trackback | Comments(0)

平清盛の死因を探る?

只今、不定期更新中の人形劇『平家物語』レビュー。
その第24話(第2部・栄華-第12話)の中で、医師・阿部麻鳥が清盛の病を「瘧(ぎゃく)」と見立てるくだりがありましたが、これがちと気になりましてね…。

せっかくなので、この際少し突っ込んでおこうかな?と思い立ち、レビューの続きもそっちのけで、あれこれ当たってみたのですが…。

久しぶりの史料漁りに勘の方は鈍りまくりで…(^_^;)
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by kiratemari | 2006-10-18 18:44 | 歴史語り | Trackback | Comments(6)

名字雑感

本サイト「きらめきの刹那」の話で恐縮ですが、昨年末よりしばらく休止していたオリジナル小説の連載を本日より再開しました。(→ 『 碧き風 緋の海 』)

サイト開設以来、1年に1章のペースで更新を続け、ようやく第4章に突入ですが、このスローペースでは、いったいいつになったら完結するのやら…(汗)。

それはさておき、再開して初っ端から義経元服の話を簡単に盛り込んだので(ドラマでいうナレーション扱い)、こちらでもちょいと連動企画(?)などやってみようかと…。

あの方の名字の由来は…?
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by kiratemari | 2006-03-25 20:25 | 歴史語り | Trackback(2) | Comments(2)

想夫恋・小督 ― 補:関連書籍のご紹介

さて、今回の小督特集に用いた参考文献と関連の書籍をざっとご紹介しておきますね。

ちょっと小難しい専門書から歴史小説までとりどりに
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by kiratemari | 2006-02-12 17:55 | 歴史語り | Trackback | Comments(0)

想夫恋・小督― vol.5 笛吹童子は何者ぞ?

これまで小督、高倉天皇、藤原隆房と見て来ましたが、あともう一人、忘れてはならない人が…。
小督を探して三千里(笑)…の 弾正少弼・源仲国。

『平家物語』から発展した謡曲(能)「小督」では、主役に当たる「シテ」に据えられているこの方のことも、少し見ておくことにしましょう。

そもそも仲国って実在したのか…?
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by kiratemari | 2006-02-10 20:11 | 歴史語り | Trackback | Comments(2)

想夫恋・小督―vol.4 小督説話・誕生秘話?

魔性の女(?)小督をめぐる二人の男性のうち、前回 は高倉天皇を取り上げましたが、今回は残るもう一人 冷泉大納言 藤原隆房 をフィーチャー。
もし彼がいなければ、この「小督」の物語は世に出ることがなかったかも…というお話など…。

振られ男の実体に迫る!?
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by kiratemari | 2006-02-04 22:41 | 歴史語り | Trackback | Comments(2)

想夫恋・小督―vol.3 若き帝王の素顔

小督をめぐる男性のうち、まずは高倉天皇をフィーチャー。
『平家物語』では、実に楚々とした手弱女のような(?)か弱い聖人君主も、ちょいと一皮向けば… (^^;)

さて何が飛び出して来ますやら…
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by kiratemari | 2006-02-03 19:36 | 歴史語り | Trackback(1) | Comments(6)

想夫恋・小督 ― vol.2 史実に見るその背景

前回 は 『平家物語』 における 「小督」 についてまとめてみましたが、ここからは史実と照らし合わせながら見て行くことにします。

まずは 「小督」 の出自から…
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by kiratemari | 2006-02-01 19:46 | 歴史語り | Trackback | Comments(2)

想夫恋・小督 ― vol.1『平家物語』では…

以前、ご紹介した宝塚の公演 『想夫恋』 の観劇日がそろそろ近づいて来たことでもあり、予習というわけではありませんが(どうせ丸っきり別物でしょうから)、これを機会に「小督」の章について少し掘り下げてみることにします。

ただ、この小督説話に関しては、物語的な脚色がかなり施されていて、実際の背景とは食い違う点が多々ありますので、数回の連載形式にして、それぞれ順を追って見て行こうと思います。

第1弾は 『平家物語』 のおさらいから…
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by kiratemari | 2006-01-31 19:45 | 歴史語り | Trackback | Comments(0)

誰が決める?「嫡流」「庶流」

「義経」第10回で、ちょいと耳に残った「嫡流」「庶流」という言葉。時代物には欠かせないこのアイテム(?)を、奥州藤原氏と源氏のお家事情と絡めて、クローズ・アップしてみたいと思います。

1.奥州藤原氏の場合

奥州藤原氏の三代目御館秀衡に何人の男子がいたかは不明ですが、とりあえず有名どころを挙げれば、国衡、泰衡、忠衡の三人。その中で、秀衡の跡を継いで四代目となったのは二男の泰衡でした。
九条兼実の日記『玉葉』によれば、後年、秀衡死去に触れた記事の中で「兄多腹之嫡男也、弟当腹太郎也」とあり、国衡=「庶長子」、泰衡=「嫡出長子」の認識に間違いはないものと思われます。

国衡の母は未詳ですが、在地の豪族の娘辺りを想像しておけば良いでしょう。
対する泰衡の母は元陸奥守の藤原基成
かの平治の乱を引き起こした傾国の美男子(?)藤原信頼の異母兄で、また、摂関家の近衛基通には伯父に当たる人物としても知られますが、意外に知られていないのが一条長成との関係。
基成の父忠隆と一条長成とは、双方の母が姉妹ということで従兄弟に当たり、そもそも、義経の平泉入りも、基成―長成のホットラインがあったればこそ、実現を見たとする説もあるほどです(今回のドラマでは完全黙殺のようですが)。

まあそれはさておき、基成は陸奥守の任期が明けて後も陸奥国に留まり続け、京の公家社会における豊富な人脈をも駆使して、政治顧問の役割を果たしていたと言いますから、秀衡にとっては、あだやおろそかにはできない存在。その基成の孫に当たる泰衡が家督を継ぐのも自然な流れと言えます。

が、長子の国衡の心中を推し量れば、釈然としない思いもあったでしょう。史料などを見る限り、国衡が特に事を起こした気配はないのですが、それでも、秀衡にはどうも危惧する気持ちが強かったのか、臨終に際して、自身の正室、つまり、泰衡の母を国衡に娶わせるという遺言を残したと言うのですから驚きです。
上の記事に続く『玉葉』からの引用で、この後に、有名な「義経を主君と仰ぎ、鎌倉の頼朝に対抗せよ」といった主旨の文章も続くのですが、これらのニュース・ソースは通称「治承3年のクーデター」「鹿谷事件」(訂正:'05/03/24)で陸奥国へ流罪となった中原基兼と目され、流人の身の上にも関わらず、いつしか秀衡の近臣として重用されるようになった彼の情報となれば、かなり信憑性も高いと思われます。

しかし、息子の嫁を自分の嫁に…というのは、どこかでも聞いたような話ですが(多分「義経」でも出てくるでしょう)、自分の嫁を息子に…って、これは、よっぽどの若妻だったのか?(-_-;)

国衡の生年は不明ながら、享年66歳(文治3年)が有力とされる秀衡の長男ですからね。その時点で、既に40歳は越えていたものと思われます。で、片や、泰衡の母はといえば、泰衡の享年(文治5年)に35歳と25歳の説があり(一応、35歳説の方が有力)、仮に35歳説であれば50歳前後、25歳説であれば40歳前後と推測すると、それほど無茶な組み合わせでもなさそうですが(何やら、光源氏と藤壺女御の関係を彷彿させるような…)、それより、問題なのは、こうした政略話が持ち出されるほど、藤原氏内部には、対立の火種が燻っていたのではないか?という疑惑でしょう。

いかに「嫡流」と定められていても、これに反旗を翻す者が出れば、その行方はどう転ぶかわからない…。所詮は、人臣掌握を含めた「実力」がモノを言う、そんな混沌とした乱世にあって、四代目泰衡の立場を守っていたのは、あるいは、秀衡という存在のみだったのかもしれません。

2.頼朝は本当に嫡流だったのか?
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by kiratemari | 2005-03-17 19:20 | 歴史語り | Trackback(1) | Comments(4)

「きらめきの刹那」 別館     花や史跡の探訪記録や     源平&時代物ドラマ話など   何でもござれの雑記帳


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