華麗なる大立ち回り!?―『義経』vol.43「堀川夜討」

一つの嘘がまた次の嘘を呼ぶ…。
義経の伊予守任官に絡み、前回「伊予国は法皇の知行国」などという大嘘が飛び出ましたが、その嘘の上に、地頭設置の事実を持って来たため、法皇の知行国に頼朝が地頭を設置するという越権行為が行われたことになってしまいました。

本来は頼朝の知行国でしたから、自分のテリトリー内に何を置こうがこちらの勝手で済まされることも、相手が法皇様となると…、さすがにそこまであからさまな嫌がらせができるほど、この頃の頼朝の立場は安泰と言える状態ではなかったはずですが…。

実際、全国的な守護・地頭の設置は、朝敵に身を堕とした「義経・行家らの捜索のため」という大義名分を得て、ようやく実現にこぎつけることができたというのに、この時点で、渋々容認 or 泣き寝入り するほど、法皇の権威を低下させてどうするのでしょう?
そして、その力を大いに当てにしている義経くんて…???



 
さて、今回は全般的に史実とかなり異なる展開となっておりましたので、いつもと少し趣向を変えまして、史料との照らし合わせは後半にまとめてお届けということで、お先に、ドラマの感想&ツッコミ部分のみをフィーチャー。

1. 大五郎は待ちぼうけ?
義経の館の周辺で怪しい一味を見かけ、烏丸に後をつけさせた朱雀の翁ですが、あの後、一人置いてけぼりになってどうしたのでしょう?
六条堀川から三条木辻大路となると、結構な距離になりますが…。烏丸が戻って来るまで、ずっとあのままボケーッと待っていたのでしょうかね?
それとも、確か以前、立ち上がっていた場面もあったような気もするので、ヨッコラショと車から降りて、自分でガタゴト押して帰ったとか?(それはそれでマヌケな図ですけど)

2. 弁慶と土佐房は旧知の仲?
過去に、そういう場面は一切なかったので、やけに唐突に思いました。
しかし、熊野参詣にかこつけての上洛とは『平家物語』にもあるものの、別当湛増とか本宮宮司の名前を出してくるなら、やはり、弁慶は熊野出身ということにしておいた方がよかったのでは?
もっとも、湛増はともかく本宮宮司の方は、土佐房の嘘を見抜いて鎌を掛けただけなのでしょうが…。でも、それにしては、この後、手紙を受け取りにのこのこと出向く(それも忠信同伴で)というのも、何だか妙な話ですよね。挑発しておいて、自ら罠にはまったみたいで…(汗)。

3. ほのかに垣間見えた夫婦愛?
これまで限りなく影の薄かった萌殿ですが、義経との語らいのシーンは中々良い感じでした。惜しむらくは、もっと早い段階にこういう場面が用意されなかったこと。恐らくは来週が最後の登場となるのでしょうが、フェイド・アウト直前にならないと場面を与えられないという傾向は、いざその時がきても「今さら…」の感がどうしてもついて回り、感情移入しにくいのが最大の難点。
せっかく1年という長いスタンスを与えられながら、どのエピソードにも「積み重ね」というものが見て取れず、同じことの繰り返しか、何の前振りもない唐突な話ばかりですからね。本当、もう少し、どうにかできなかったものでしょうか…。

4. 相変わらずの郎党達
土佐房の不可解な動きに警戒して、密かに戦支度をして待ち受けるのも結構ですが、どうして、前もって義経に報告しないのかな?
心配させたくないから真相がわかるまで伏せておくって、そんな悠長なことを言っていられる時期はとうに過ぎているはずですが…。それに見た目の仰々しさほど危機感も伝わってきませんし…(汗)。
いっそ、弁慶が自分一人で抱え込んでいて、他の郎党は何も知らずに脳天気、そこに奇襲をかけられアタフタと応戦…という展開の方が、まだスッキリと見られたように思います。

5. 漢(おとこ)に言い訳は似合わない!
弁慶に取り押さえられ、行家に蹴りまでいれられた土佐房。しかし、あそこで義経暗殺に加担した理由を語らせなくても…。ああいうふてぶてしい面構えの俳優さんを起用したからには、変にお涙頂戴に走らず、最後まで毒舌を吐いて憎々しげに散ってくれた方が、却って潔くすらも思えたでしょうに…(でなければ、演じ手を「何でこの人が?」と思うぐらいソフトな人に替えるとか…)。

本来は、鎌倉での頼朝との遣り取りの中でやるべきことを、構成上、直前まで誰が差し向けたかをカモフラージュしたくて割愛し、義経への懺悔という形で挿入したものと思われますが、だったら、潔くそこの所はカットして欲しかったですね。義経の「新しき国」思想に無理に絡めようとして、男性陣が全般的に女々しいキャラになってしまっているのがどうも気になります。

6. 義経自ら処刑人?
自らの手で土佐房昌俊の斬首を行った義経ですが、覚悟の程を示すためとはいえ、手ずから処刑とはあまりに軽挙妄動すぎません?
どっしりと構えて、事を見届けるのが大将たるもの。
何より、死の穢れを院御所に持ち込むなど狂気の沙汰ですよ!



ということで、感想の方はこのくらいにして、ここからは、史料に見る「義経暗殺大作戦」をフィーチャー。

まず『吾妻鏡』によれば、10月6日の景季くんのスパイ報告から3日後の9日に義経暗殺の密名を受けた部隊が鎌倉を出立。

義経の武威を恐れてか、それとも不遇な仕打ちを受ける義経への同情心のゆえか、はたまた内部抗争では恩賞は期待薄と敬遠してか…。
ともかく、頼朝の呼びかけにも辞退者が続出する中、ただ一人名乗り出た命知らず、もとい、勇気ある人物が土佐房昌俊で、これに感激した頼朝は、下野に住む老母や幼い子供達の行く末を案じる昌俊に対し、即座に下野国中泉荘を与えることを約諾したと言います。

さて、10月9日に、武蔵児玉党83騎を引きつれ京へと向かった土佐房昌俊ですが、事前にその行程は9日間と定められていました。先の景季の上洛では、9月2日鎌倉発、9月12日入洛とありますので、だいたいこれが京-鎌倉間の妥当な日数だったのでしょうか。そして、その設定通りの9日目に当たる17日夜に義経襲撃が決行されています。

一方、その間の京の動きを見ると、10月11日・13日と二度にわたり、義経は法皇に奏聞しています。

先に鎌倉から出された行家追討の命令について、この謀反の嫌疑は頼朝がでっち上げたものなので(挑発のために)、いくら諫めたところで行家が承服するはずがないし、義経自身にしても、合戦での大功を認められず、所領は没収、さらに自分を誅滅するとの噂まで聞いたからには、行家と同心して迎え撃つしかない…と訴え、頼朝追討の官符を申請。

しかも、もし聞き入れてもらえなければ、二人揃って目の前で自殺するとの脅し文句も付け加えて…《何年か前の大河でも、天皇の御前で切腹というトンデモない暴挙に出た関白さん(演じたのは継信さん)もいましたね》。

ところが、義経の命懸け(?)の懇願にも、法皇はとりあえず行家を宥めて制止するようにと、のらりくらりと悠長な返答を繰り返していたようで、業を煮やした義経は、16日夜にまたも頼朝追討の院宣を要求して、この時は、拒めば九州下向も辞さない(当然、天皇・法皇・公卿らも引き連れて…のニュアンスも)との強行姿勢を見せたと言います。

これを受けて、翌17日、法皇は宣旨を出すべきか否かを左大臣(藤原経宗)・右大臣(九条兼実)・内大臣(徳大寺実定)に諮問しますが、その結論が出る前に、その当夜、義経は鎌倉方の急襲を受けることになります。

しかし、この襲撃について、九条兼実の許に入った第一報は「法皇の御所が武士に包囲されている」というものだったようです。過去にも、平清盛による幽閉や、木曽義仲の法住寺合戦の例があり、即座にそれらを思い浮かべたのでしょうか。結論としては、この当時の院御所が六条西洞院の大膳大夫業忠邸(六条殿)だったので、その近辺にあったとされる義経の館と単純に取り違えた誤報が伝わっただけのことなのでしょうけれど…。

ところで、「堀川夜討」と呼ばれる通り、『義経記』や『平家物語』『源平盛衰記』では「六条堀川」とされている義経館ですが、鎌倉側の史料『吾妻鏡』では「六条室町」となっています。「堀川」は院御所のある「西洞院」の西側、「室町」は東側のほぼ対象の位置ですので、「院御所近辺」という『玉葉』の記述の他に、目ぼしい史料がない以上、どちらが正しいとも断言はできません。

それはともかく、義経宅に襲いかかった敵は『吾妻鏡』では60騎、『玉葉』では土佐房昌俊の名は見えず、小玉(児玉)党30騎とするのみですが、以後の襲撃の経過についてはほぼ同内容で(成立年から見て『玉葉』を元記事として『吾妻鏡』が記されたと見てよいかと)、虚を突かれた義経方は、多勢に無勢で敗色濃厚の事態に陥ったものの、急を聞き駆けつけた行家の加勢を得て攻勢に転じ、ついに敵を追い散らしたとあります(昌俊は逃亡を図り、鞍馬に逃げ込んだ所を捕縛され、10月26日六条河原にて梟首)。

そして、この襲撃があった翌日18日に、いよいよ頼朝追討の宣旨が下ることとなりますが、これは、義経に対抗し得る在京武士が全くいない状況で、もし、その義経が乱行に及べばこれを防ぐ者がいない…。前夜の闘諍劇に、かつての義仲の乱行を重ね合わせて、とりあえずここは、義経の言う通りにして、都から出て行ってもらう(頼朝追討のため東国へ下らせる)ことを期待したようで、頼朝には後で事情を説明すれば理解してもらえるとの、かなり楽観的な見通しで行ったその場凌ぎの策だったようです。

と、こうして見ると、土佐房の襲撃が頼朝追討の宣下を決定的なものとしたようで(何事もなければまだまだ結論を先送りしてそう)、その意味では、鎌倉方には手痛い失策とも思えますが、逆に、襲撃失敗も、追討の院宣も、全て頼朝の計画通りだったとしたら…。

義経に追討の院宣を与えるということは、取りも直さず、法皇自らが頼朝への敵対の意思を明らかにしたこととなり、これまでの「義経vs頼朝」の兄弟間の私闘ともいえる図式が、一転「法皇vs頼朝」「京vs鎌倉」へとシフトされることになります。

打倒平家は通過点に過ぎず、武士の世の確立が最終目標の頼朝にとって、法皇(朝廷)との駆け引きの中で、いかにして主導権を握るかは一番の鍵。

これまで、背後で暗躍するばかりで、表立って争うことは体よく避けてきた法皇を、義経という餌をちらつかせて、表舞台に引っ張り出す…。もちろん、その餌が間違っても強大な力をつけることがないよう、然るべき手を前もって打っておくことも忘れずに…。

追討の院宣が下っても、畿内の武士でさえ、義経に味方するものはなかったという事実からして、これは事前にある程度の根回しがあったと見て間違いないかと思います。

武力を持たない法皇にとって、頼みの義経にその武力が備わらなければ、対頼朝の戦略上は明らかに不利。頼朝から次々に突きつけられる政治的要求も甘んじて受け入れるより他なく、その最初の表れが全国の守護・地頭設置の容認になります。

もっともこれらは結果論で、偶々そうなっただけ…と見るのが妥当でしょうが、それでも、もし、これらが腰越で義経を追い返した時から、綿密かつ周到に計算し尽くされた策謀だったとしたら…(謀反に向けての具体的な行動を起こさせるための景季派遣、9日間という行程の設定も、実は院宣申請の動きを考慮に入れたゆとりのあるものだったとか?)。

自らを追討すべしとの院宣が下されたことに、表面上怒りを露わにしながらも、その仮面の下では人知れずほくそえんでいる…、それこそ、策士・頼朝の面目躍如と言えるのではないでしょうか。


さてさて、次回は亡霊に妖怪(失礼)の再登場に、萌・静・忠信とのお別れと盛りだくさんの内容のようですが、そろそろ、ここらでスピード・アップとなるのでしょうか。
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by kiratemari | 2005-11-02 20:01 | テレビ | Trackback(3) | Comments(4)
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Tracked from 日本史日誌 at 2005-11-03 23:00
タイトル : [大河ドラマ]義経 第43回「堀川夜討」
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Tracked from えりかの平安な日々 at 2005-11-04 00:00
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 大河ドラマ「義経」第43回の感想です。  今回は、歴史の史実としてではなく、単なるドラマとして観る分には結構迫力があって面白かったです。  土佐房昌俊が最後に言い残した、「九郎殿を討ちに行こうと志願する者は誰一人いなかった。それだけ九郎殿は今でも恐れられているということじゃ。」・「私が志願した理由は所領が欲しかったからだ。母に残してやりたかったからだ。」というせりふは胸に迫るものがありました。  また、土佐房の軍勢と戦っている義経の郎党達、みんな勇ましかったですよね。  萌さんまで薙刀を持ってき...... more
Tracked from 蒼き猫の言霊日記 at 2005-11-05 11:11
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Commented by えりか at 2005-11-04 00:08 x
 手鞠さん、今晩は♪

 「義経」の感想とご考察、今週も興味深く読ませていただきました。

 後白河法皇の頼朝追討の院宣は、義経を追討しようとしている頼朝自身による策略だったという手鞠さんのご考察は納得です。策謀家で猜疑心の強い頼朝なら、そこまでやってしまうと私も思います。ドラマでの「うじうじ悩む頼朝」もそれなりにいい味出していましたけれど、実像とはかなり遠いかも…。

 今回は、フィクションとして観る分にはかなり楽しめました。でも、弁慶と土佐房が旧知の仲だったというのは唐突すぎますよね。それならそれで、もっと伏線を張って欲しかったように思えます。ここに来て萌や忠信の露出度が多いのは、やはり退場が近いからなのでしょうね。
Commented by kiratemari at 2005-11-04 19:39
えりかさん、こんばんは~♪
頼朝については、真偽の程はともかく、もう少し「頭脳派」の切れ者の片鱗を見せて欲しかったというが正直な気持ちです。彼の知謀の面を強調すれば、それに敗れる義経にももっと共感し易かったでしょうに…。
Commented by bluecat at 2005-11-05 11:09
手鞠さん、こんにちは!
やっと「堀川夜討」観たので感想書きました、ホッ。
手鞠さんの考察のように、法皇の院宣もすべて頼朝の策略と見たほうが、知将頼朝らしいですよね。
ドラマではまるで感情的に義経を討とうとしているとしか思えません・・・政子がそれを煽っているとも?!
ほんの少しですが、義経と萌の夫婦愛を具間見られたのですが、このまま正妻はお役目が終わってしまうのではと不安です。
萌さんは衣川までいっしょに居て欲しいです・・・静はちゃんと舞と謡を練習して、吹き替えナシで演じてみてください(爆)。
Commented by kiratemari at 2005-11-05 21:21
bluecatさん、こんばんは~♪
義経が主人公である以上、頼朝には立派に敵役を全うしてもらいたかったですね。あの政子を逆手にとって、さらに、その上を行くような…、例えば「実は政子がそう言うようにわざと仕向けている…」みたいな作りなら、また違った面白さもあったと思うのですが…。

萌さんは残念ながら、奥州まで行かないようですね。
清純派・義経の最期には、女性はいらないってことでしょう(爆)

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